えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

歌って踊る

なんでそんなことが起こるんだよ。
小さな機械に指を滑らせる度にそんなことばっかり思うからもしかしたらタイムリープをしてる可能性を考えてみたけど残念ながらそうじゃないらしい。
毎分毎秒、しっかり繰り返し何通りもの悲しいや苦しい、怒りの湧くような出来事が起こってる。じゃあ携帯を閉じれば、なんてしたところで、自分の毎日の中でも「何をどうしたらそんなことになんだよ」ばっかりだ。

 

 

 

 


そういうことを煮詰めた夜、たぶん私はくたびれた顔で会社を後にした。「明日には元気になっておいてね」と励ますために言われた言葉にすら勝手に穿って皮肉を見つけてしまって「知るかよばーかばーか」と思いながらおざなりに返事をする。どうですかね、わかんないけど、努力はするけど、約束はできないっすね。こんなクソばっかな中でどうやって元気になるんだよ。
そう頭の中でぶつくさぼやき、そんな自分にまた嫌気がさしながら歩いた街中。耳を塞ぐために入れたイヤフォンから、音楽が流れる。楽しみにしていた新譜。それすらぼんやり聞き流してしまう、そう思ってた時だった。

 

 

 

こんなはずじゃない日々集め、全部伏線回収してみたい

 

 

まさか私も、自分が道端で足を止めて「う」と呟くと思わなかった。
慌てて、携帯の画面を確認する。この間、配信が開始されたばかりのアーティストの新譜。その一曲。

 


マハラージャンさんを名前をもって認識したのは、去年の夏のことだった。イカしたサウンドとちょっと変わった歌詞。ラジオのピックアップで流れてきた「蝉ダンスフロア」は一度聴いたら最後、気を抜くと口ずさみたくなるような中毒性のある曲だった。そして口ずさむ度にサブスクの彼のページから知らない曲をダウンロードする。
気が付けば、新曲が出る、と聞くとそわそわする、そんなアーティストのひとりになった。

 

 


そうして、あの街の雑踏の中、飛び込んできた言葉を確認したくて聞き返す。だけど、うまくみつけられない。気のせい、聞き間違い。そうじゃない。

聞き返す度に、その曲の中、好きになる歌詞が増えてしまうのだ。
曲の名前は「4061」

 


一回きりの人生もう詰んだ、と軽やかに歌い上げる。
オワタ、と軽く言うけれど、その中に静かな穴のような闇がある。

 

絶望ごときは日常

 

一言一言が、打撃になって刺さる。
彼の曲の、言葉選びのユニークさと、それを彩るサウンドの面白さが、私は好きだ。

 


思えば、夏のある日出会って携帯の中、ダウンロードされた曲が増えたあの時から。一時期、私は彼の曲をひたすら聴いていた頃がある。
街中に溢れる言葉一つ一つに削られるような息苦しさにもがいていた頃。
決して重苦しくない、なんでもないように差し出される、だけど程よい体温の言葉がよすがのようになっていた。
そうして何より、イカした音楽。聴いてると気が付けば、身体が揺れる。その中で心地いい言葉に出会える。その感覚は、私の中では「まだ大丈夫」と思えるきっかけだった。

 

 

 

 

励まされる、とは、また違う。応援歌、とも違うしかと言ってただのコミックソングでもない。どんな言葉も探したけどうまくしっくりこず、ただただひたすら「マハラージャンの音楽」だった。
楽しくて優しくてわけわかんなくて面白くて、そして近くにある。

 

 

 


歌う、踊る。楽しくなる。
気が付けば、タワレコのリリースイベントに足を運んでいた。こういうリリースイベントに行くのは初めてで、これであってるのかと周りを見渡しながらドキドキしながら、始まりを待つ。
生まれて初めて生で観るマハラージャン
存在した、と思った。そしてその人が、何度も聴いた音楽を奏でる、笑い、喋る。
途中、新作アルバムの中で好きな曲は?という問いかけに真っ先に浮かんだのは、あの街中、突然耳の中で聴いた曲だった。口を開いて声を発する直前、隣の人が叫んだ。

 

 

 


「4061!」

 

 

 

 

 

それは、全く知らない人だった。姿を見れば、自分との共通点の方が少なそうな人だった。でも、共通点は確実にある。マハラージャンを好きなこと、そしてあの曲を好きだと思うこと。
なんというか、それに、とんでもなく嬉しくなった。良い曲ですよね、すごいですよね、あの曲。実際にはやらなかったけど、そう話しかけそうになった。嬉しかった。

 


諦めそうになることをそっと鼓舞してくれる、まだまだ、と歌うあの曲が好きだ。
もう無理だという感覚も生々しくて、うんざりしていて、でもまだだ、と歌う。こっからが、始まりだった。この今ある苦しさも怒りもうんざりした感覚も全部、伏線に変えてやる。

 

 


そしてそれを、そうなったらひっくり返せたら「気持ちいいぜ」と楽しそうに悪戯っぽく歌ってくれるから、私は、この曲が大好きなのだ。

 

 

 


まだムカつくことばっかだ。どうしていいかも分からないし、自分にだってうんざりしてる。だけど、だけどまだまだ。
肩を組んでくるのは、孤独ばかりじゃないはずだ。
踊った身体は、十分あったまった。だから、まだ、何度だって。