えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

#つくのラジオごっこ(23.8.7更新)

#つくのラジオごっこ


メインはTwitter(@tsuku_snt)のspaceにて、友達と一緒にその時話したいことについてあーだこーだ言ってます。

ラジオ「ごっこ」という名前の通り、
ここ数年ラジオに何度も面白い!となってきた私が小さい頃やってたごっこ遊びのように好きな番組への憧れを詰め込みまくって話をしています。

どんな話をする上でも「好き」を核において話がしたい。その中で、"ラジオ"でしか見えないものがあると思ってやっています。



またAnchorのアプリを使ったひとりで喋る #つくのラジオごっこ もしています。

AnchorというアプリはSpotifyと繋がっていて短いですが、Spotify上の音楽を流せます。
なので、ここでは自分の「好き」とそこから考えたことを話しつつ、最後に延長線上にある「好き」な音楽を流します。


また #つくのラジオごっこ というハッシュタグを最近つけています。
メインがTwitterのspaceになるため、コメント機能がないのですが以前ツイキャスでお話をした時、コメントをもらいつつお話できたのがとても楽しかった記憶があります。
そのため、実際拾えるか拾えないか、そもそもリアクションがくるのか分かりませんが、ハッシュタグを作りました。良ければご利用いただけると嬉しいです。


ともあれ、どんな媒体・テーマ・やり方でも変わらず、「好き」の話をしていこうと思います。
最近すごく思うのは、私は自分の「好き」をアウトプットしながら自分の外に出たその「好き」を確認することが大好きなんだと思います。


よければ、お付き合いいただけたら嬉しいです。


ひとりでの #つくのラジオごっこ

エピソード1 "ラジオ"の話

エピソード2 エンタメの話

エピソード3 ブルーピリオドと表現すること、好きなものの話

番外編1 withセンパイ

エピソード4 THE TAKESの話


エピソード5 HIPHOPのライブを観て考えた話

#つくのラジオごっこ 日本語ラップ


日本語ラップって面白いな?!って話をソラちゃんに聴いてもらった回


#つくのラジオごっこ 雑談回


友達のしーくんとごった煮雑談をした回


#つくのラジオごっこ 畳屋のあけび


配信で観た畳屋のあけびが面白かった話をソラちゃんとした回


#つくのラジオごっこ アンサンブル・プレイ


2022年9月に発売されたCreepy Nutsさんのアンサンブル・プレイについての妄想を語る回


#つくのラジオごっこ 1周年だよやった〜!


なんとこの遊びを始めて1年が経ちました


エピソード6 伝わりますか?

今更ながらに伝わるって難しいな〜と思った話をひとりでしている


#つくのラジオごっこ 最近楽しかったこと


最近どう?何が楽しかった?の話をソラちゃんとする回



#つくのラジオごっこ(録音) 「好きに値する」ってなんだろう

色々あったので「好きに値する」ってことについて考え込むのにソラちゃんに付き合ってもらう回



#つくのラジオごっこ コチラハコブネ、オウトウセヨ


ポップンマッシュルームチキン野郎さんの22年12月公演「コチラハコブネ、オウトウセヨ」の感想をソラちゃんと語りました



#つくのラジオごっこ FLOLIC A HOLIC


フロホリこと東京03さんとCreepy Nutsの公演についてソラちゃんと語りました



#つくのラジオごっこ 好きなチャンネルが増える話

「推しを複数作ってリスクヘッジ!」は無茶言うなと思うけど好きなチャンネルが増えるのは楽しいという話


#つくのラジオごっこ ノンバーバルパフォーマンスギア


ソラちゃんと京都でロングラン公演されているノンバーバルパフォーマンスギアについて語りました。



#つくのラジオごっこ エブエブと映画を贈ることwithなっぱちゃん

友だちのなっぱちゃんと映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の感想を。それから、映画体験の話。


#つくのラジオごっこ 毛布みたいなエンタメ・カツ丼みたいなエンタメwithなっぱちゃん

なっぱちゃんと一緒に「救われたエンタメ」の話から毛布みたいなエンタメとカツ丼みたいなエンタメ、人が作ってることの話になりました



#つくのラジオごっこ あの頃のインターネットあるいは発信することされることwithづめこさん

前回エピソードでその人にとっての大切なエンタメの話を聴きたくなって2人目づめこさんに聴いてきました。インターネットやそこで出会ったあるいは運営していた個人サイトの話から何故かラップバトルの話まで?!

帰ってきた

人は嬉しいと、泣いてしまうんだな。
そういう感覚が嬉しくて、びっくりして、なんなら我ながらちょっと大袈裟だなあとバカバカしくもあって、でもどうあっても、嬉しかった。

 

 


急遽、Adoさんの体調不良により、元々事前収録予定だった放送をCreepy Nutsが生で代打で担当することになった。
その知らせが、昼間ぼんやりTwitterを見ていたら飛び込んできて、脳内いっぱいに???が浮かんだ。
去年の春、惜しまれつつ、と何度も聴いた文言。自分の中で2023年の出来事として大きく、飲み下すのに時間がかかった大事件。そんな彼らのラジオが急に一夜限りの復活を遂げるという。

 

 


え、え、と思いつつ、お知らせを読み、Adoさんのお休みが台湾のツアー公演に向けて大事をとったものであること、ツアーは予定通り行われることを把握してははあ、と思う。
良かった。
時々聴くくらいのリスナーではあるけど、Adoさんの世界ツアーを私はすげえな、と楽しみにしていて、なので、なんか、それが行われること、そしてそのために大事をとって仕事が調整されることに、ラジオを聴くたびに感じる多忙さの中で、安心した。
もちろん、終わりが決まっているなかで、一回減ることの寂しさも、想像してしまうけど。でも、体調を優先できるそんな環境であること、そして、それが自分の大好きな放送局のラジオであることに嬉しいなあと思う。

 

 


思いながら、ちょっとこれもまた、現実逃避だよな、と依然として頭の中に溢れる?に他人事のように思う。
Creepyのラジオが?帰ってくる?ふたりで?松永さんがオールナイトに戻ってくるだけでもあんなに嬉しかったのに?え、現実?
怒涛の勢いで流れていくタイムラインにだよな、混乱するよな、嬉しいよな、夢じゃないよな?と思いながら過ごした週末。
図らずも、「オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム」のある「ラジオ」な週末の直後。なんなら(このブログを書いてる時点ではまだ観れていなけど)あさイチでラジオ特集がある、とわくわくしてるだけでも盛りだくさんなのに、これ以上は嬉しいけどキャパ越えてるよ!なんて思っていて、なんだか「なんでラジオが好きか」を改めて掘り下げるためのスケジュールだなあ、なんて思っていた。

 

 


そうして考えに考えて、だんだん無の境地にも似た場所に近付いてきた放送のある月曜の朝、唐突に帰ってきたドラえもんのことを思い出した。ああもしかしたら、私のこの1年はそれだったかもしれない。

 

 

私は、どちらかと言えば、自分がラジオが終わって以降「平気だった」人間だと思っていた。
もちろん、終了発表当時は大きく調子を崩しはしたけど、それは何もラジオだけが原因ではなかったし、だからこそ「いや心配されるほどじゃないんすよ」と思っていた。好きなラジオだってあれからも増えた。いい意味で、何も変わってない。
何よりも自分なりに「推しラジオが終わったので本を作ることにした」という本を作ることで、完全に自分の中でまたケリをつけたつもりだった。
そこからの彼らの快進撃もあり、ラジオを止めて音楽に専念するという選択をした彼らを改めて「最高だな」と思ったりもした。雑な言い方をすれば、彼らのラジオがなくても「大丈夫」なつもりだった。

 

 

なんか、そういうの全部、もちろん嘘ではないんだけど、なんだか、ただ、限りなく「帰ってきたらドラえもん」ののび太のような心地だったのかもしれない。僕がちゃんとしていないと、ドラえもんが安心して未来に帰れないから、と言ったのび太のような気持ち。
普通に生活を送って、彼らがいなくなってもラジオが好きで、だからもう、大丈夫だよ。
いやまあ、ほんと、そんなこと全然、関係ないんですけどね。彼らにリスナーのその後はいい意味で無関係だし。だけど、勝手に私はそんなつもりだったのだ。

 

 


終わってもなくなっても、好きで、平気なんだよ、ということで私は私なりに「好きだ」の確定にしようとしていたんだと思う。終わろうがどうしようが、変わらないこと。終わっても大丈夫だ、と思うことで、変わらない、に変えたかった。

 

 

そんな気持ちに気付いて自分がきっとそれだけ寂しかったんだな、と実感してしまった。まあ、うん、そうだよ、寂しかったよ。

気付いてしまえば、否定もできないし、そうだよなあ、寂しかったよなあ、と思いながら迎えた、深夜1時。
笑ってしまうほど、通常通りだった。
世界的なバズも、一年ぶりだということも、関係なく、いや、触れないというハスりかたをするわけでもなく、どころかこの一年、定期的にリスナーが言ってきた「この出来事、もしラジオがあってら彼らはどんな風に語ったんだろうね」なトピックを凄い勢いで回収しながら、彼らは笑い、騒ぐ。
色んな人を巻き込みながら怒られそうなことも言ったりしながらげらげら笑う、彼らの放送を聞き、私もげらげら笑っていた。眠くなる暇なんて、全くなかった。

 

 

週末から、考えていた。私はなんで、ラジオが好きなんだろう。
ラジオでなら、寂しくならないからか。他じゃどこか浮いてしまう感覚が平気になるからか。ここだけでしか聴けないエモが好きなのか、内輪感が居心地が良いからか。
どれもそうなような気がするし、でもどっか、違うような気もする。

 


特別な、「ラジオが好きだな」「好きでいて良かったな」と思う夜がくるたびに、毎度思う。なんだって良かった。笑えても笑えなくてもいつも通りでも特別でも。エモくても最低でも。
何があったから好きなんてことでもなく、ただただ、なんとなく、理由もなく、わかんないけど、好きなんだよ。

 

 

結局、まるで先週も来週もあるみたいに通常放送で彼らは2時間を駆け抜けて、去っていった。またたぶん私は、別に寂しくないと思うし、ラジオがなくても大丈夫だって思うし、好きな他のラジオを楽しいと思いながら聴く。

 


あの薬を飲んだわけじゃないけど、そうして平気なフリをしながら、精一杯、思う。

 


ぜんぜんうれしくない!またずっと、彼らのラジオを聴かない!

オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム

 

 

刺さって抜けない放送になったらいいなと思って

 

 

 

 

そう源さんに言われた夜を覚えている。どころか、その放送の一部を録音した音源は眠れない夜の毛布みたいに使い込んで、これまで、何度も何度も聴いてきた。若林さんと源さんが笑い、喋るその放送が大好きで、大切で刺さって、時々思い出す、いざという時に取り出すお守りのような放送だった。
そういう意味で「リトルトゥースか」と問われると曖昧に微笑んでしまうようなところがある。


だというのに、今までの自分なら「自分よりもあの会場にいるべきひとがいるし」なんて怯み続けただろう奇跡みたいな場所に、「私がここに来たくて来たんだよ」と思いながら開演前、座っていることにびっくりした。だけど、どうしたってそうだった。浅い年数も、もちろん、そうなんだけど。だけど、私はあの夜の時間が好きで、彼らが好きで、だからここにいるんだよ。

 

 

 

最初に興味を持ったのは2021年、9月7日の星野源オールナイトニッポンにゲスト出演した夜。

 


そこから、気が付けば、どんどん好きになった。

 


例えばそれは、いつかの放送で言っていたような「ナナメに世界を観る言葉」に共感するからじゃない。実際、私が聴くようになってからはそういう「ナナメ」な若林さん、と感じることはほぼなくなっていた。のめり込むように読んだエッセイの気配も時々香る程度になっていた、とも思うし、だけど、私はそれでも良かったのだ。いやなんなら、それが良かった、とすら、言えるかもしれない。
関係なくて、ただ、自分のための言葉に出会えるとか共感できるとかじゃなくて、もちろん、そんなふうになった言葉やエピソードトークだってあるけど、そうじゃなくて、ただただ、面白かったのだ。聴いてるとバカバカしくて、くだらなくて、そういう会話に笑うことが、私は大好きなんだ。

 

 

 


この後、私はきっと、好きだった瞬間を書く。大切だった瞬間、来て良かった、と思った瞬間のことを書く。
だけど、間違いなく、私の好きな「ここにいる理由」は言葉にならないような、書くときっと「え、そんなこと?」と言われるような些細な瞬間たちだった。なんでもない、"ドームでやるような話でもない"時間が、私は何より、嬉しくて大好きで、それが聴きたくて、東京ドームまでやってきたのだ。
なんなら、それは何度も何度も繰り返ししてきたようなバカ話なのかもしれない。だけど、そんな夜が確かに私には、私たちには大切な「あの夜」なのである。

 

 

 


オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム
約1年前に発表されたその企画は、番組史上どころか、ニッポン放送史上、そもそも、ラジオ業界史上初となる試みだった。ラジオ番組が、東京ドームでイベントをする。いや、なんなら「喋り一本」でドームを埋める。
イベント中、若林さんも口にしていたけど、宗教家ならともかく、そんなこと「ありえない」ような出来事だった。

 

 

そして数週間前のラジオ放送で言われて気付いたけどそもそもそのイベントで何があるか、を私たちは知らなかった。知らないまま、ドームのチケットを、ライブビューイングのチケットを配信のチケットを購入していたのである。
私も今回周囲の人から「どんなイベントなの?」と聞かれ「……さあ?」と答えながら、そういや、何があるかわからない・どんなイベントかもわからない中で、行くことを決めるイベントってかなり特殊だ。
ただ、終わって思うのは、私たちはそこで何があるか、なんとなく、知っていたのだ。
そこで、「オードリーのオールナイトニッポン」がある。それだけで、十分なのだ。

 

 


長いオープニングトークも、悪態も、これ全国に放送されてるんだぞ?と笑いそうになるくらい内輪なふたりだけの会話も。
何度も何度も聴いてきたあの夜の放送だった。

 

 


そうだよな。
無茶苦茶なバラエティゾーンも、プロレスもDJプレイもLIGHTHOUSEのパフォーマンスも。
どれも特別ではあったけど、どれも「ラジオの可視化」だったんだ、と思う。今までの夜の中、話してきたふざけてきた、そういうことが目の前で繰り広げられただけ。そして私たちはそれに周波数を、波の形を合わせて、集まって、笑ったり熱くなったりしたんだよな。

 

 


みじめさもプライドも好きも、くだらなさもずるいところも、面白いも楽しいも全部ごった煮で無茶苦茶で、それがそのまま、そこに在れること、在ること。
手を叩いて笑った、はしゃいだ、涙ぐんだ、全ての時間がきっとこれからも残っていく。

 

 

 

去年上演されたフロホリことFROLIC A HOLIC feat. Creepy Nuts なんと括っていいか、まだわからないの後、LIGHTHOUSEで「観た人の心の中に残る」と若林さんが言ってくれていたことを思い出す。あの公演もまた私にとって特別で、だからその一言が、嬉しかった。そこから、ドームでの公演を作ろうという話を、私は嬉しい気持ちとわくわくする気持ちを噛み締めるように聴いた。

 

 

そのことを、今、思い出している。

 

 

 

あの夜に、こんな続きがあるなんて思わなかった。好きな人が増えたこと、楽しい時間を重ねて来たこと、それがこんなに物凄い光景に繋がっていること。それをこんなに心を躍らせて楽しんだこと。
生きてて良かったと思う。もっと言えば、生きていきたいと思う。いつかの夜がこんな夜に繋がってくれたから。また、こんな夜を楽しみにクソみたいなことも全然余裕で乗り越えられるような気がしている。苦役列車?全然乗ってやるよ。

 

 

 

生きていくことは、宝物を増やしていくようなことなんだ、と思った。

 

 

 

最後、もしも、と約束してくれた言葉を灯台代わりに、笑いながら悪態を吐きながら中指立てながら土曜日、いつもの時間、周波数になんとか辿り着いてまた心を躍らせていくのだ。

 

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光の跡/生命体

いつも、新曲が出るたびに文を書いてきた。それこそこのシングルに収録されている(どころか両A面の片方である)生命体の時だって、書いた。のだけど、せっかく楽しみにしていたシングルが出てから文を書くのにずいぶん時間がかかってしまった。
単にバタバタしていたから、というのもあるし、何度も聞き返し、手触りを確認していたらこんなに時間がかかったとも言える。実際、年末年始、帰省先から自室に帰りふわふわする頭の中、歌詞カードを取り出して、この音楽たちに対しての感覚を言葉にしようとしたのだ。
だけど、結局うまく言葉にならずに今日まで時間がかかってしまった。

 

 

 

言葉を選ばずにいうなら「死」の感覚が強いような、そんな気がした。死という言葉が強いなら、終わりと言い換えても良い。終わりの気配が、ずっと、収録された4曲それぞれ、どこかつかず離れず、漂っている。

 

 

 

明るくポップなサウンドのはずなのに、それでも隠れず、いやなんならむしろ濃くなるように、終わりの気配がする。
なんで、こんな寂しくなるんだろう。なんで、なのに、こんなに聴きたくなって聴くたびにちょっと安心するんだろう。

 

 

 

 

光の跡は、終わっていく気配がある。
ずっと悲しい感覚があって、その中でなんなら少し無気力感に襲われることもある。
いつか、終わるのに。
終わる中で、何があったらいいのか、終わるのに何をしても意味がないんじゃないか。そんなこと、考えれば考えるほど虚しくなるはずなのにな。
終わるのだ、ということを実感した日を覚えている。その中で何かを好きでいること、頑張ること、優しくいること、そういうことの意味が全部分からなくなった。

 

 

だけど、そうじゃないよな。

 


星野源の言葉の中で好きなものはたくさんあるけど、一つはタワレコの「NO MUSIC, NO LIFE」の言葉だ。

 

 

音楽はね、死ぬと聴けなくなるんですよ。
今のうちだぜ。

 

 

それは闘病生活の後の言葉だったと記憶している。出会った頃、その言葉に行き着いて、ああそうか、と思った。終わるのに、じゃない。終わるから、だ。

 

 


光の跡はその時のことを思い出す。
意味があるのかって、そりゃ、ないだろう。終わる、終わったら何も残らないかもしれない。だけど、だからなんだ。だからこそだろ。

 

 

 

生命体自体は、以前も文を書いていたけど。


 

 

 

生き方は、選べるということ。
死ぬな、とうたう、この歌のことを思う。
走り出したい、と思う。光の跡の次に聴くと尚更。だから、とまた思う。
陸上のテーマ曲でもあったけど、同時に星野源が繰り返し「生きている全てのものに」と言ってくれたことが、私は嬉しかった。

 

 


クソみたいなことに負けてたまるか、不自由も何もかも、希望に変えるのは、自分のはず。

 

 


走れ、走れ、と声を上げる。それは、今ここにいて、立って、生きている、その時間への後押しだ。
どこにだっていける、だって生きる場所は道は、歩き方は、私が選ぶのだ。
跳ねるサウンドが、生きて生活をする、そのことを大きく肯定して手を振る。

 

 

 

 

おともだちの感想をオードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム前にどうしても書きたかった。きっと、また違った感覚になるだろうから、あのラジオの初解禁の時に覚えたわくわくを、それから、何かあるたびに再生して弾ませた心を言葉に残しておきたかった。
私は、この曲が大好きだ。
あのふたりの曲だ、と思うし、あのふたりを好きな人から見た「ふたり」だとも思う。

 

 

そして何より、光の跡・生命体と続いてこの曲を聴くと私は何度も「ああそうだよな」と思うのだ。そうだよな、続く理由、そうだよな。

 

 

気怠くてくだらなくて、だけど、そんな夜を私は、彼らは、大好きなんだよな。意味はあるのか、の答えはここにもあった気がする。あるわけないだろ、それで良いんだよ。
例えばそこに周りが「運命」と「好き」だと言うのかもしれない、意味付けしてしまうのかもしれない。だけどそんなことも、関係ないんだろうな。クソだわ、と言う言葉が二人の声で聴こえる気がする。
それはそれとして、私たちが勝手な意味付けをしようがしまいが続いていく長電話が存在するのだ、と思う。それが、こんなに勝手に嬉しい。

 

 

 

そうして最後、Beyond the Sequenceが流れる。
打ち込みのインスト曲は機械が喋ってるようでとても好きです、という源さんの言葉を聴くたびに思い出す。どのインスト曲も好きだけど、この曲はなんでか、特別好きだ。
ああ確かに喋ってるな、とわくわくしたからかもしれない。終わるのだ、ということを色濃く感じた数曲の終わり、機械たちが勝手に好きに、楽しそうに喋るのを聴くことに安心するからかもしれない。

 

 

 

 


意味なんてなくて良い。何も残らなくて良い。だけど、何か、自分以外が、続いていくのだ、ということは無性に安心して嬉しくなる。
それが、こんなに心地よく、楽しそうな音なら、どれだけ嬉しいだろう。
これも、勝手な「意味付け」ではあるんだけど。

 


まあ、生きてるうちしか、そんな勝手なこともできないので。

歌って踊る

なんでそんなことが起こるんだよ。
小さな機械に指を滑らせる度にそんなことばっかり思うからもしかしたらタイムリープをしてる可能性を考えてみたけど残念ながらそうじゃないらしい。
毎分毎秒、しっかり繰り返し何通りもの悲しいや苦しい、怒りの湧くような出来事が起こってる。じゃあ携帯を閉じれば、なんてしたところで、自分の毎日の中でも「何をどうしたらそんなことになんだよ」ばっかりだ。

 

 

 

 


そういうことを煮詰めた夜、たぶん私はくたびれた顔で会社を後にした。「明日には元気になっておいてね」と励ますために言われた言葉にすら勝手に穿って皮肉を見つけてしまって「知るかよばーかばーか」と思いながらおざなりに返事をする。どうですかね、わかんないけど、努力はするけど、約束はできないっすね。こんなクソばっかな中でどうやって元気になるんだよ。
そう頭の中でぶつくさぼやき、そんな自分にまた嫌気がさしながら歩いた街中。耳を塞ぐために入れたイヤフォンから、音楽が流れる。楽しみにしていた新譜。それすらぼんやり聞き流してしまう、そう思ってた時だった。

 

 

 

こんなはずじゃない日々集め、全部伏線回収してみたい

 

 

まさか私も、自分が道端で足を止めて「う」と呟くと思わなかった。
慌てて、携帯の画面を確認する。この間、配信が開始されたばかりのアーティストの新譜。その一曲。

 


マハラージャンさんを名前をもって認識したのは、去年の夏のことだった。イカしたサウンドとちょっと変わった歌詞。ラジオのピックアップで流れてきた「蝉ダンスフロア」は一度聴いたら最後、気を抜くと口ずさみたくなるような中毒性のある曲だった。そして口ずさむ度にサブスクの彼のページから知らない曲をダウンロードする。
気が付けば、新曲が出る、と聞くとそわそわする、そんなアーティストのひとりになった。

 

 


そうして、あの街の雑踏の中、飛び込んできた言葉を確認したくて聞き返す。だけど、うまくみつけられない。気のせい、聞き間違い。そうじゃない。

聞き返す度に、その曲の中、好きになる歌詞が増えてしまうのだ。
曲の名前は「4061」

 


一回きりの人生もう詰んだ、と軽やかに歌い上げる。
オワタ、と軽く言うけれど、その中に静かな穴のような闇がある。

 

絶望ごときは日常

 

一言一言が、打撃になって刺さる。
彼の曲の、言葉選びのユニークさと、それを彩るサウンドの面白さが、私は好きだ。

 


思えば、夏のある日出会って携帯の中、ダウンロードされた曲が増えたあの時から。一時期、私は彼の曲をひたすら聴いていた頃がある。
街中に溢れる言葉一つ一つに削られるような息苦しさにもがいていた頃。
決して重苦しくない、なんでもないように差し出される、だけど程よい体温の言葉がよすがのようになっていた。
そうして何より、イカした音楽。聴いてると気が付けば、身体が揺れる。その中で心地いい言葉に出会える。その感覚は、私の中では「まだ大丈夫」と思えるきっかけだった。

 

 

 

 

励まされる、とは、また違う。応援歌、とも違うしかと言ってただのコミックソングでもない。どんな言葉も探したけどうまくしっくりこず、ただただひたすら「マハラージャンの音楽」だった。
楽しくて優しくてわけわかんなくて面白くて、そして近くにある。

 

 

 


歌う、踊る。楽しくなる。
気が付けば、タワレコのリリースイベントに足を運んでいた。こういうリリースイベントに行くのは初めてで、これであってるのかと周りを見渡しながらドキドキしながら、始まりを待つ。
生まれて初めて生で観るマハラージャン
存在した、と思った。そしてその人が、何度も聴いた音楽を奏でる、笑い、喋る。
途中、新作アルバムの中で好きな曲は?という問いかけに真っ先に浮かんだのは、あの街中、突然耳の中で聴いた曲だった。口を開いて声を発する直前、隣の人が叫んだ。

 

 

 


「4061!」

 

 

 

 

 

それは、全く知らない人だった。姿を見れば、自分との共通点の方が少なそうな人だった。でも、共通点は確実にある。マハラージャンを好きなこと、そしてあの曲を好きだと思うこと。
なんというか、それに、とんでもなく嬉しくなった。良い曲ですよね、すごいですよね、あの曲。実際にはやらなかったけど、そう話しかけそうになった。嬉しかった。

 


諦めそうになることをそっと鼓舞してくれる、まだまだ、と歌うあの曲が好きだ。
もう無理だという感覚も生々しくて、うんざりしていて、でもまだだ、と歌う。こっからが、始まりだった。この今ある苦しさも怒りもうんざりした感覚も全部、伏線に変えてやる。

 

 


そしてそれを、そうなったらひっくり返せたら「気持ちいいぜ」と楽しそうに悪戯っぽく歌ってくれるから、私は、この曲が大好きなのだ。

 

 

 


まだムカつくことばっかだ。どうしていいかも分からないし、自分にだってうんざりしてる。だけど、だけどまだまだ。
肩を組んでくるのは、孤独ばかりじゃないはずだ。
踊った身体は、十分あったまった。だから、まだ、何度だって。

笑いのカイブツ


この間、歳上の信頼する人と飲んだ時にあれやこれやと仕事の話になり、最終的に「どう生きていけばいいかなんて分からないよね」と頷きあってしまった。
どういう状態でいたいかは分かる気がする。だけど、どう生きていきたいか、どう生きていくかは難しい。学生時代から難しかった気がするけど、なんとなく「大人になればわかるかもなー」と楽観視していたらむしろ大人になればなるほど、分からなくなってきた気がする。

 

 

 

 

ふとその楽しかった飲み会のことを考えて、でもツチヤは分かってたんだよな、と思った。どうしたらそうなれるかの正解は分からない。だけど、そのために自分が何をするか、そうしてどこにいきたいかは彼はずっと、決めていた。
そう決めて、タイマーを握りしめて「これ以外をやってる暇はないのだ」とお笑いと向き合い続け、「面白い」を生きる基準にしていた彼のことを思う。

 

 

 

この感覚をなんと呼んだら良いのか、ずっと考えている。
ストレートに好きな映画だったかと言われると難しく、かと言って「役者の芝居だけ楽しんで帰った」というには心の中に残った感覚が愛おしい。
もしかしたら分かりやすいメッセージや「オチ」がなかったから私の中でこの物語、映画をなんと言葉にしたら良いか分からないのかもしれない。
ただ、それも当たり前と言えば当たり前で元となった自叙伝含めて、作者こと「ツチヤタカユキ」は生きていて、まだ彼の人生に「オチ」はついてないのだ。そういう意味ではそれも含めて、私はこの映画が好きだった。その中で描かれたワンシーンワンシーンも、また、この映画が作られたことも、どれも嬉しいな、と思う。

 

 

 


私が「ツチヤタカユキ」を知ったのは、若林さんのエッセイからだった。
超がつくほどの「オードリーのオールナイトニッポン」のにわかリスナーである私は「ツチヤタカユキ」の放送をリアタイは出来ていない。だけど「人間関係不得意」から始まった彼らの交流に若林さんの文章の中でじっと息を詰めながら読んでいた。
若林さんの目を通して語られる「ツチヤタカユキ」の気持ちも、若林さんの気持ちも分かるような気がしていた。若林さんの語る息苦しさ、なんなんだよ、の地続きで読んでいたからかもしれない。

 

 

俺たちみたいな人間こそ経済の中で我慢しながら好きなことにしがみついて、その先で市場からお金を巻き上げてやるべきなんだと。そんなことを言った。

 

 

 


初めて読んだ時、その文とその前後のTことツチヤタカユキとの会話が衝撃で、私はずっと、彼のことを覚えていた。

 

 

 


映画を観て、改めて思う。私はもしかしたら「三年」の先にいるのかもしれない。いるからこそ、「三年頑張れ」と声をかけたくなる。耐えてくれ、と思う。こんなところで折れてくれるな、と願う…それ自体が、どうしようもなく傲慢な思いだとしても、そう思ってしまう。
許せないことはたくさんあるだろう。無駄だと思えることばかりかもしれない。だけど、その先それを積み上げた先にきっと、君が望む世界が見えてくる。やりたいことがやれる場所へときっと、連れて行ってくれるのだ。

 

 

 

 

でも、きっとそんなことを言えてしまう私はもしかしたらもう根本、彼のいる場所どころか「生きるのクソ下手」とも言えない人間になってるのかもしれない。
うまく生きていけないけど、なんだかんだ、社会での立ち方や振る舞い方を覚えて、やりたいことのためにプライドを捨てることだってできて。それはきっと「器用な大人」のように見えるんだろう。

 

 

 

 

ちょうど、観終わった直後、友だちと飲んだ時にそんな話をした。
その中で、「同じ星の人からのアドバイスなら聞けると思うんですけど」と言われた。三年頑張って、その先に本当にうまくいく未来があるか、わからない。だから頑張れ、という言葉をそのままは受け取れない。


私は私のことを「うまくやれない銀河」にいると思っている。そこの主食……いや、酸素のようなものはきっと「面白い」だ。
面白いもの……映画、お笑い、お芝居、ドラマ、音楽に小説、ダンス、漫画、ラジオ。ともかく日々の中での面白いを求めて、まるで食べるようにしながら、生きている。
だけど、そうじゃないんだな、とも思う。私は同じ銀河のように感じているけど、きっと、そうじゃない、それだけじゃ足りない。同じ星にいないから、私はツチヤの、そしてその友だちの地獄を本当に知ることはない。きっと彼らが、私の地獄は知ることのないように、それぞれの場所に地獄はある。
そんなことをこの映画のこと、そして若林さんのエッセイを思い返しながら思う。

 

 

 

パクるくらいなら死にます。
そう、あの会議室で立ち尽くしながら言ったツチヤのことをずっと、観終わった1週間、仕事中、思い出していた。
パクるくらいなら死ぬ。それは、はたからみれば、「大袈裟な」なのかもしれない。パクってでも、売れたい。そう思うことが普通でだから、彼は疑われたのかもしれない。だけど、そうだよな、とあの時思った。そうだよな、パクって、パクった作品が自分の名前として世に出るくらいなら、死ぬよな。
そんな恥、耐えられないよな。

 

 

 


それはある意味で、彼がタイマーを片手に、延々とネタを書き続けた、あの姿にもつながっていく。面白くなかったら死ぬ。誰よりも良いネタが書けないなら死ぬ。
その基準の全ては理解できない。できないけど、いくつかは「ああそうだよな」と思う。だから、心臓がきゅっとなってるんだ、きっと。
分かるところ、わからないところ、伝わること、一生伝わらないこと。そんなものがごちゃ混ぜのマーブル状になっていて、だからなんだか妙に寂しいような、心臓の軋みを感じるんだ。

 

 

 


苛烈と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

 

どう考えても奇怪な行動
少なくとも多くの人はこの映画の中に「自分」を見つけられたりはしないだろう。
生きづらさの共感や肯定なんかじゃない。
共感も肯定もできるはずがない、彼ほど真っ直ぐ、お笑いだけを信じてやりたいと思って、縋ってしがみついて、身体の中に取り込んで、生きることができると思えない。

なるほど、確かに怪物だった。面白いことがしたい、面白いことを作り上げたい。売れたいだとかモテたいだとか金持ちになりたいだとかすら入り込めないような一種狂気のような気持ちのあの感情を、ずっと覚えていたいと思う。

 

 

 

 


ピンクの男のこと、または彼女のことを思う。彼らから見たツチヤのことを思う。
彼をおいていく、置いていくけれど、きっと、あの顔をしてしまうに違いないのだ。
ピンクの台詞、あの居酒屋のシーンの感覚。何が変わるわけでもない、救いにもならない。
あの夜は、「この夜があって良かった」という夜でもない。だけど、私はあのシーンが好きだった。

 

 

 

一生、理解もできない。同じ地獄にも立てない。

 

 

 


だけど、どこか、それこそ岡山天音さんの言葉を借りれば「どこにも反響しない音」を鳴らし続けたことがある人は、どうしたって彼を愛おしく思ってしまう。彼のこれからが面白いで満ち溢れることを祈り続けてしまう。

 


自分にとってこの映画がなんだったかを語り尽くすには私の言葉は少し足りない。だけど、この映画を観て良かったという事実だけは、何があっても変わらない。

 

そういえば、このブログを書くために若林さんのエッセイを開いたらああそうだな、と思う言葉があったから、最後に引用したい。 

 

 

 

クソだからこそ生き遅れてやるべきなのだ。

スクリーン向こうのあなたのファンより

言葉にしておきたい、と思っているのだと思う。溢すように呟きながら、ああ、言葉にしておきたいなと思った。だから今こうして携帯にぽちぽちとフリック入力している。

 

 

最初に断っておきたい。私はたぶん、熱心なタラパティアンか、と問われたらきっとそんなことはないんだと思う。限りなく、ライトでにわかな「彼のファン」だ。
だからだ、と言われたら「本当にそうだと思う」と返してしまう。そうだと思う。

 


それはそれとして、彼の作品が好きで、そこから知った少ないながらの彼の人柄を好ましく思ってる人間として。今回の決断に思ったこと、感じたこと、考えたことを書き記したい。これからの彼の道が少しでも明るく暖かなものでありますように、という願いを込めて。
言葉にもしも力があるというなら。祝福が、彼のこれからの道を少しでも明るく照らしてくれる何かになったら良いなと思いながら、文字を打つ。

 

 

 


ヴィジャイさんが、政界へと進むことを発表した。現在契約している映画については変わらず出演されることを発表されており、それ以降についてはまだ分からない。

 

 

 

 

ところで、それそのものについて書く前に私が初めて「ヴィジャイ映画」に出会った時のことを書いておきたい。RRRを観た2022年11月、マスター先生が来る!の予告を観てぼんやり認識したくらい。友だちの感想を聞いてタイミングが合えば観たいな、と思っていた、その時は2023年の1月にやってきた。

 

 


当時、私は好きなエンタメの一つの終わりが発表されたばかりだった。
週の始めに発表され、動揺し調子を大いに崩して迎えた週末、私は「マスター 先生が来る!」を観た。

 

 

当時の私は結構しっかり参っていた。エンタメが終わる、そのことにもだけどそれ以上にそれでこんなにダメになってしまう自分に嫌気がさしていた。
眠れないし、寝ても起きるし、周りの人には心配される。会ってる間、まともに笑ってられる自信がないから随分前から約束していた友人との約束をキャンセルことも検討する。結局、会ってくれた友人たちとの飲み会でバカみたいにお酒を飲み、結構ダメな感じに酔って二日酔いになる。
いつかエンタメ一つで情緒がぐちゃぐちゃになることが弟として恥ずかしいと言った弟にすら心配され、毎日生存確認のようにLINEが送られてくる。

 

 


他人に言われるまでもなく、そんな自分が情けないと思う。

 

 

 

 

恥ずかしかった。「たかがエンタメに」と笑われるのが怖くて悔しくて、自分に何度も思った、その言葉を向けていた。たかがエンタメに。こんなぐちゃぐちゃになってどうすんだよ情けねえ。


そうやって責めながら1週間過ごして、そうして二日酔いでふらふら友だちと向かった(本題とズレるけどそんな中「気になる映画があるんだけど一緒に行ってくれないか」という誘いにいいよ、と言ってくれる友だちは本当にすごい)映画館。そこが、全部、私にとっては始まりだった。

 

 


マスター先生が来る!は二日酔いの頭にすら、ど真ん中に突き刺さった。格好いいアクション、音楽にダンス、魅力的な役者たち。最初こそ「結構体調戻ってないけど3時間の映画とか大丈夫か」と不安になっていたのに、途中から二日酔いは完全に醒めた。
魅力的なストーリーに夢中になり、笑い、泣きそうになる。
そうして突き進む物語の中、ヴィジャイさんが演じるJD先生がスクリーン越し、しっかりとこっちを見据えるシーンがあった。
(どのシーンかは、あの映画を観た人はみんなわかるだろう)

 

 

そこで観客を信じてくれる、真っ直ぐこちらを観るJD先生に、いや、ヴィジャイ・タラパティに私は心を奪われた。

 

 

 

「たかがエンタメに」こんなにボロボロになってる自分だなんて下げる必要なんてなかった。スクリーンの向こう、エンタメを作る人たちが、こんなに自分たちを、私を信じてくれる。ただ、楽しむだけじゃなく、楽しませるだけじゃなく、そこに込めたものは届くのだと信じてくれる。
それは見当外れかもしれないけど私にはあの時エンタメに心を動かし、頭を持っていかれることを、そこから生活が人生が変わることを、肯定してもらえた、そんなような気がしたのだ。

 

 

 

 

だって、彼は、彼らは信じてる。自分の作る虚構が、現実を変えることを。ただの虚構でないこと、誰かの背中を押すこと、折れそうになる心を支えること、行動を始める第一歩をくれることを。
それは、もちろん、インドの現状に向いている。だけどそれだけじゃなく、この世界に生きる私たち含めて、全員に「あなたはどうする?」と問いかけてくれる。

 

 

 

それから、夢中になってヴィジャイ作品を観た。あの「マスター先生が来る!」がたまたまなのかと思った。だけど、そんなことはなかった。彼は、少なくとも私の観たここ数年作られた全ての作品で、私にスクリーン越し、語りかけてくれた。
あなたはどう生きるんだ、目を開いて現実を見て、一緒に暮らす人たちを見て、心を動かして頭を働かせて、あなたはあなたの生きる世界を手放してはいけない、投げ出してはいけない。
それが、その一つ一つが、私は嬉しかった。

 

 


観るたび、考える。
子どもを搾取すること、医療の平等性、選挙に参加すること、自分の生まれや育ちを誇ること、女性の尊厳、身近な人を大切に思うこと。
自分の人生は自分のものだということ。自分で、自分の人生を歩むのだということ、自分で人生を、描いていくこと。

 

 


その彼が、映画だけではなく現実でもチャリティを行い、映画の中のように「ヒーロー」でいることに驚き、惹かれ、誇りに思った。
そしてその道の先、それだけじゃ届かないところ、変えられないもののためにその政治のど真ん中に進むという知らせに、「ああそうか」と思う。
ほんの少し、悔しくもある。変えられない、と思ったのか、と少しだけ思う。だけど、そうじゃないんだろう、とも思う。それこそ「自分の人生を自分の思うままに描く」その中で、最短距離、届く場所が広い手段を選ぶ、そういうことなんじゃないか、とも思う。

 

 

 

 

その道が、少しでも明るく健やかな道であることを祈る。心身の健康を、周囲のひとの幸せを願う。

 

 


同時に、「彼のこれからのエンタメ」がどれだけ観れることへの不確実さへの不安や寂しさの気持ちもいくつも目にして頷く。私はたまたまこういう感じ方をしただけで、それ以外、寂しいが大半を占める気持ちになる、その心も(想像にはなってしまうけど)わかるよ、と思う。わかりたい、と思う。
彼の作品はそれくらい、魅力的だから。まだまだ、私もたくさん、観たいと願うから。

 

 

 

 

だからこそ、私はこうして今回、文を書いていたかった。好きだと思うこと、あの時、たかがエンタメではないと勇気つけられたこと、その先に、現実の世界を変えようとする姿を好きだと思ったこと、自分の背筋を正されたこと。それを、これから変わり続ける世界の前に形にしておきたかった。

 

 


私は文を書くのが、言葉にすることが好きだから。そして、もしよければ、色んなあなた、に思う。あなたの言葉や心を、言葉に、もし言葉がしっくりこなければ、絵に、料理に、音楽に、行動に、生活に。どうか、そうして表現してくれますように。だってそれは全部「それくらい」のことでも「たかが」でもない。生きて、出会ったから、心を動かしたからこそ、生まれたものだから。なんて言うのも、お前は何目線だよ、という傲慢さを孕んでしまいそうで、本当に難しいな、と思うんだけど。

 

 

 

なんというか、ともかく、私は、彼に出会えて良かった、と思う。そして、熱心なタラパティアンではないと言いながら、これからも「彼のファンです」と言い続けたい。だから、言葉を尽くす。好きだと思う。そして、生活の中、考える。自分の人生に真摯でいる。誰かを傷付けず、追いやられるひとに心を寄せて、自分の国に、街に、生活に関心を持ち続ける。
好きが、生活に続くこと、届くと信じながら届けてくれたいくつもの物語や作品を、愛しているから。

 

 

 

そうして、あなたのこれからを祝福して、幸せであることを祈らせてください。そして出来たら、またスクリーン越しでも、あなたに会えることを願わせてください。

私にとっての「ポルノのライブ」の話、あるいは姉との話

すぐに何事も言葉にしたがる人間だからと言って、どう表して良いか分からないものがないわけじゃない。
ポルノグラフィティ」という存在はその「どう表して良いか分からないもの」ボックスに長年入れてきたものかもしれない。それは幼い頃から身近な存在で自分の生きてきた中で大切な瞬間を彩ってきた一方で「自分よりも大切にする人がいる存在」かつ、転じて「自分が特別好きになるにはなんか違う存在」だったからだ。

 

 

ポルノグラフィティは、姉がずっと好きで私はその音楽をおこほれをもらうように楽しみ、好きだと考える前に当たり前に生活の中にあって考え方に影響され、そして、気が付けばライブに足を運ぶようになったバンドだ。
人気曲は、と言うまでもなくきっと彼らの名前を聞くだけで流れる音楽がそれぞれにあるんだろう。この25周年を彩るツアーでたくさんの曲を聴きながら思った…彼らは本当に多くのヒット曲、人生に寄り添う曲をずっと生み出し続けてくれているんだ。

 

 

声出しが解禁された25周年ライブ、19th LIVE CIRCUIT PG WASN'T BUILT IN A DAY。それは、私にとってもコロナ禍に入って以来初めての「ポルノグラフィティ のライブ」だった。
歌い出し、あの曲!と心が躍ること。チェックできていなかった曲も、その時間ですぐ好きになること。躍ること、手を挙げること、シンガロンすること。
そこは変わらない幸せな空間で、そしてあの頃以上に魅力が増した時間だった。

 

 

一曲目、二曲目、とライブが進む。ステージのモニター映し出された客席で、お客さんがタオルで顔を押さえる。それでも目を逸らさず、この時を見ていたい、覚えていたいと真っ直ぐステージを見つめるその姿にああ、と思った。映し出される歌詞が、昭仁さんの歌声が、何かを溶かしてくような気がした。
ああ、疲れてたな、と思う。疲れてた、私は。

 

 


ああ、伝わらないんだな。
そんなことをここ最近、何度も思ってきたんだ、と気付いた。
言ったんじゃん、説明したじゃん、伝えたじゃん、聞いたじゃん。
そういう取りこぼされた言葉に勝手に「軽んじているんだ」と幻滅し、そしてそんな自分に嫌な気持ちになって。
私はきっと、ずっと「伝わらない」と傷付き続けいるんだと思う。本当に、どこまでも情けないな。

 

 

 

言葉を音を受け取り、自分の感情や心に沁み渡らせて、また新しい波が生まれる。そんな光景を「ああこういうのが好きだな」と思いながら、自分の中にあった嫌だな、の形を自覚する。伝わらない、言葉にしても意味がない。だったら、口を開かない方が関わらない方が、何も見ない方がいいじゃんか。

 

 


それは例えば溜まりに溜まってその日一緒にライブに足を運んだ姉にも向いていた。チケットの段取りや当日に会う約束をして、落ち合って話しながら、以前と違う会話のテンポにばかり思考がいった。最近、私は本当にダメで、そんなんばっかだ。
ああ、前はもっと普通に喋れたのに。全然、伝わらないじゃないか。

 

 

家族だったとしても……いや、体感に沿わせて言うなら、家族だからこそ、うまく話せなくなることがある。小さな「伝わらない」がビリビリと痛くて許せずに、どんどんと溝が深くなってしまうことがある。
変わってしまった、と自分にか姉にか分からず、多分その両方に思いながらがっかりする。

 


あーあ、傷付くことばっかりだと身勝手にも思う。

 

 


姉の影響で好きになったロックバンドだから、姉が楽しく過ごして欲しい。だから、最初、隣に立つ姉側、左半身がやけに緊張していた。
そんな必要ないのに。
だけど、飛び跳ね、手を挙げ、踊ってるとそれすら馬鹿馬鹿しいというか実感として「そんな必要ないんだ」と気付いた。

 

 

私たちは、今までもライブ中、何を話すわけではなく、それでも各々楽しむこの時間の終わり際「楽しかった」と叫ぶことが好きだった。

 


今まで、一緒にいろんなライブに行った。

 

大阪城ホールで興奮しなから帰ったこともある、喧嘩して噴水のところでバラバラに帰ったこともある。東京ドームで帰れなくなって探したドミトリー、急遽追加した三重公演でドライブ中歌いながら向かったこともある。帰り道聞き込んでなかった曲の歌詞をネット検索して覗き込んだこともある。
私はそういうこと全部ひっくるめて、「ポルノグラフィティのライブ」が好きだったのだ。

 

 


思い出に25年積み上げてきた音楽が寄り添ってくれる。口ずさめる曲、口ずさめない曲、そのどちらも紛れもなく「ポルノグラフィティ 」の曲で私は毎回にまにましてしまう。うっかり手拍子を間違えてしまう。だけどそれでもいい、楽しいのだ。

 

 


ところで、ポルノグラフィティの音楽と聴いたらなんの曲が浮かぶだろう?
アポロ?メリッサ?アゲハ蝶?サウダージにオー!リバル……アビが鳴く……。名曲がいくつもある。
アガる曲、癒される曲、言葉にならない恋心を失恋の苦しさを歌う。
繊細な言葉に、洗練された音楽。そのどれもが私は好きだと思う。
そしてその言葉の一つ一つにああそうか、ここにあったのか、と思った。
伝わらないこと、音楽で伝えたことが伝わらないこと、それでも歌うこと、愛や希望、憎しみや、悲しみについて。
幼い頃漠然と音楽に興味を持って最初に「歌を練習」したロックバンドの音楽は、音楽の楽しさとそれ以上にそれを通しての価値観を私にくれた。
奏でられる音楽一つ一つに自分の日々の中でつぶやく、唱える言葉を見つける。
更に言えば、ここ最近の彼らの曲では「ここでゆっくりしていきなよ」と声をかけてくれるような温かな毛布をくれるような、そんな感覚になることもある。
それは数年前から私が感じるようになったことで、もしかしたら世間やファンの間の中では違う認識もあるかもしれない。なんならそもそも疲れ切ってライブに足を運ぶことが増えてしまったから、そんなふうに感じる可能性だって高い。

 

 

だけど、こんな世界の中で。毎日の中でなんとかギリギリやっていくような毎日の中で、「ここで思い切り楽しんで、明日からの活力にしてもらえたら」と音楽を奏でてくれる彼らの姿に私はどうしたってそんなことを思ってしまうのだ。
そうしてそこで休んで大きく息を吸って、楽しんで過ごしたら明日からきっとまた大丈夫になる。
バカになって踊って歌って、飛んで跳ねた私は大丈夫だ。

 

 

大仰なことを言えば、生きるのすら諦めそうになる日がある。シリアスさなんて微塵も滲まずただ積み上がった「やだなあ」に放り出したいな、面倒なことからは逃げ出したいなくらいのフランクさで。
だって、家族にすら伝わらないんだ。一体、何をどうやってやっていくんだ。家族なんて、とも思うのに。
だけどそうじゃない、そうじゃないよな。
音楽を歌い、踊り、聴いた私は思う。

 

 


そういえば、終わった時、姉と「やばかったね」「最高だったね」と口々に言い合った。そこにいるのは、よく知る姉だったし、きっと彼女にとっての私もそうだった。
その時には始まる前の「どうやって話したら良いんだろう」という戸惑いは嘘みたいに溶けていたのだ。