えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

ラジオの時間

火曜にタイムラインを見て知った知らせからずっと考え込んでいる。


何にこんなにダメージを受けているのか分からなくてびっくりする。
分からない。本当に。寂しいのと、彼らの言葉の一つ一つに納得しているのと、でも4月から不安で仕方ないのと、これからの彼らの音楽が楽しみで仕方ないのと、本当に、いっぱい降り積もって、まじで分からないよ。




街を歩きながら、どこに向かってるか分からなくなる時がある。家に帰るべきだし休むべきだし、そうしないならせめて楽しい何かをするためにどこかに入るべきなんだけど、それすら思い浮かばない。


そんな時、ふと、源さんのラジオのあと、Creepy Nutsのラジオをやってたな、と思い出す。年明けから聴くようになった彼らの音楽はいいなあと思ってたし、まだ歩くならラジオでも聴いてみようとradikoを立ち上げた。




そこから聞こえてくる会話に笑って笑って、気が付けばススキノのキラキラ光る街を見ながら「あ、帰るか」と思えた。
聞こえてきたのは松永さんの広島公演遅刻の回。それぞれがどんな人かを知らないのに、気が付けば笑って会話に引き込まれて、最後に聴こえてきたグレートジャーニーに思わず立ち止まった。すっげ、と呟いて、そこからは夢中になって毎週聴くようになった。



捨てた観葉植物、カードショップの話、パソコンを忘れた話、ベッドみたいなソファを買った話、毎日食べるビッグマック、インスタストーリーを見てブロックした話、地図アプリを使えない話、
カップスターとのコラボ、ヤマト運輸との、ZONEとのコラボ
自分たちの音楽の話、ゲストとの時に覗くヘッズとしての彼ら、自分たちを伝えるために言葉を尽くそうとしてくれるところ。


覚えてること、覚えてないこと、その全部が大事だ。



すげえ楽しかったんだよ、大事だったんだよ、こんな素敵なものをたくさんもらったんだよっていっこいっこ、宝物箱から取り出して見せたい気持ちもある。
1日ずっと、ああここが好きだった、あんなこともあった、これも嬉しかったって思い出して、思い出すたびに泣いて、なんか、まじでぐちゃぐちゃだったな。


でも、仕方ないじゃん。



不思議だな、私は最初彼らのラジオが好きになった。そこで語られる言葉だとか、曲との繋ぎだとか、そういうので、ずっとわくわくして、それで彼らのことを好きになった。
でも、いつの間にか、音楽として好きになって、音楽を続けるためなんだよな、と言い聞かせてる。



びっくりするくらい馬鹿馬鹿しくて笑ってたら終わっていた時間も、音楽への気持ちだとか、その時々の言葉を尽くしてくれるところとか、そういうところ、全部全部、好きになっていたし、
あと気が付けば私のスマホには日本語ラップがすげーーーたくさん入ってて、それは日本語ラップ紹介ライブもそうだし、松永さんの選曲でああこの曲好きだって急いで探して入れたアーティストのもあって。


あのラジオ自体が好きだったのに、いつの間にか、好きなものがすごく増えていた。
その1時間半、2時間以上の時間を、楽しさをたくさんもらった。




去年あった武道館ライブ。
「未来予想図」でダンジョンが終わり、が「ラジオが終わり」になったことに心臓が止まるかと思った。そんな日は来ないでくれ、と本気で願った。まさか、こんなに早くくると思わなかった。


こんなに辛いのは、ずっとやりたいって言ってたじゃんっていう「なんで」って気持ちと「でもそういれない」の事情を想像してってのもあるのかもしれないけど、でもそうじゃなくて、少なくとも私はそうじゃなくて、「私の話」を言葉にして覚えていたいなあと1日考えるだけ考えてほぼ寝不足の朝、思う。



大事な場所だった。これ、もしかしたら、あの番組のリスナーじゃない人からしたら「番組ひとつ終わるだけでしょ?」と言われるかもしれない。彼らの活動は続くでしょう?って。




でも、そうじゃないんだよな。そうじゃないんですよ。





ラジオがなければ、果たして私はこんなに彼らを好きになっていただろうか。
音楽を良いなあと漠然と思ってて、それから火曜日の縁でたまたま再生した広島ライブ遅刻回。
あのラジオがなかったら?あの時の会話が、まるで落語みたいで言葉選びに一つ一つ笑ってなかったら?



これだけ好きなんだなあと昨日何度も思って、ブログ書きたいなって思った。
それはたぶん、「いかがでしたか?」したいわけでも、終了についての考察がしたいわけでもなくて、大事だったって覚えていたいし、その形を自分の中で作っていたいからだ。




生きてる練習をしてるみたいだって最近思う。
すげえ大切なもの、嬉しかったもの、生きててよかったって言葉は大袈裟で呆れられるかもしれないけど、それこそ、人生は豊かだって言うために、一つ一つ確認している。
その中に、確実にこのCreepy Nutsオールナイトニッポン、そしてCreepy Nutsオールナイトニッポン0は入ってる。
出会ったのがどん底のタイミングだったからかもしれない。でもそんな夜でも、彼らの喋りで笑えた、前を向いた。寝れない夜すら、苦痛じゃなくなった。
そこで出会った音楽に、何度も支えられた。



そして、そういう面白いで、満たしていく方法をたくさん彼らは教えてくれた。それが「私たちのため」でもなんでもなく(いや私たちのためもあっただろうけど)何より彼らが楽しそうだってことが嬉しくてそういう「各々勝手に」の部分が居心地良くて幸せで、大好きだったな。




あと残り回数数えてまだ泣いてるし、彼らが音楽を続けてくれることが嬉しくて良かった、と思ってる。
そんな一分一秒変わる気持ちを大事にしよう。




松永さんの言葉を聴きながら噛み砕いて理解しようとしてできてるのか、それとも勝手に自分の都合の良いように歪めてんのか分からなくなる。
近況報告みたいな音楽、にそうだよな、と思いながら「でもふたりのくだらない喋りで聴くのとはまた違うんだよ」って駄々をこねるような気持ちもある。



でも、それでも、音楽をやる、彼らが生きて音楽をやるために選べることにもたまらなく嬉しいのだって事実だ。どっちも否定せずに歪めずに、大事にできたらいい。




ラジオが終わり、世間の熱は下がり
いやいや、無理だよRさん、と思う。
何かをずっと好きだと思うことが苦手な私が、それでも、精一杯本気で思う。
確かに、ラジオがあって、彼らのことが好きになった。あの喋りに、あの時間に触れなかったらきっと、今のこの私はいない。
でも、気が付けば、それ以上にあなたたちの作る音楽に、表現にたまらなく惹かれていたのだ。



いつか、またうまくタイミングがあった時、あのラジオブースに帰ってきて欲しいと思う。
でもそんな日がこなくても、ふたりの音楽がきっとずっと、好きだと思う。好きでいたいと思う。
ありのままを綴る音楽を作る彼らの、ありのままの時間を一緒に共有してきてくれて、本当にありがとうございます。
勝手にその時間を大事にしながら、これからの回も笑いながら聴く。



あのラジオでたくさん文を書く気持ちにもさせてもらった。それも含めて大事だったし、あの時好きだって気持ちを形に残してて本当に良かった。