えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

HONEST HOUSE

この「パフォーマーによるパフォーマーのライブ」を見届けることができたこと自体が、なんだか、毎日頑張ってる中でのご褒美のように思えた。

 

 


EXILE NAOTOのソロライブに行くので今日早退です」と職場で言った時「え、あの人歌うんですか?」と聞かれた。

 


その時、確かに何曲か歌ってもいるしなんならラップすることもあるし、いやでも踊りもするし、と思いつつ、説明しながら我ながら全然上手く伝わらないな、これ、と気付いた。
もしかしたら私自身、観に行くまできちんとこの「HONEST HOUSE」がどんなものか分かっていなかったのかもしれない。
だけど、流れてくる感想や先に行ったフォロワーの感想からも「物凄く楽しみにしていて大丈夫」という事実だけはわかって無かった、そのライブ。

 


見ながら「ああ、これが『パフォーマーとして』のソロライブか」と噛み締めてしまった。

 


HIROさんのエッセイ自体が好きだし、EXILE TETSUYAさんのビジネス書、OUR PROMISEというLDHの理念に紐付けながらボーカル、パフォーマーなど所属するそれぞれが言葉にする本を一時期繰り返し読んだこともある。
何より、NAOTOさんのエッセイ「人生ほの字組」を読んでいても、「ダンスを生業にすること」の難しさを考えたことはこれまでも何度かあった。
私が好きになった頃はもうすっかりEXILEも三代目も「あの」モンスターグループにそれぞれなっていたし、ダンスだって授業に取り入れられたりすっかり身近なものになっていた。
だけど、よく考えたら初めて彼らのパフォーマンスを歌番組で観た時に「なんで踊るだけの人がこんなにいるの?」と思った記憶がある。確かに、あの時の自分は「ダンス」の解像度が恐ろしく低かった。
そんな中でダンスを生業にする、を選択肢に変え、ダンスを人々にとって身近なものにしていった、そんな時間が、ここに繋がるのか、と思う。

 

 

音楽がメインでそれを盛り上げるものとしての、ではなくて「ダンスパフォーマンスを観るため」の時間。

 

 

 

NAOTOさんはEXILEのメンバーであり、三代目 J SOUL BROTHERSのリーダーであり、そしてHONEST BOYZのメンバーでもある。
だから今回のツアーでも、HONEST BOYZの音楽を歌い、ラップする。

ただ、今回、途中のMCで「これはパフォーマーによるパフォーマーのソロツアーです」の宣言通り、あくまでそれはダンス中心、パフォーマンス中心だった。
コミュニケーション能力と引き出しの多さを実感するファンとの質問コーナー(大阪はなんかもう質問コーナーというよりもちょっとした漫談みたいになっていた。直人さんも、当選したファンの方々も達者すぎる)もある。
歌うし、ラップもする。

 

 


だけど、その中心にはずっと、ダンスがあった。

音楽を盛り上げるためのダンス、ではなく、ダンスをより盛り立てるための音楽。

 

 

 

こんな景色が実現できると、果たしてダンスを始めた頃の直人さんは、想像しただろうか。


ふとみんながペンライトを振り、歓声を上げる中、思った。ここまでくるまで、どれだけの時間と努力があったんだろう。こうして、好きなダンスを思い切り踊る好きな人を観ることが出来る私は、なんて幸せなんだろう。
それは、LDHだけではなく、色んなジャンルの色んな現場のダンサーの人たちが自分の好きとスキルを信じて積み上げてきた時間の結果だった。ダンストーナメントのD LEAGEもそうだし、CDTVの踊ってみた企画やダンスコラボもそうだろう。きっと色んな人が「あり得ない」を叶えるために積み重ねた時間がある。
何より、目の前の直人さんが積み上げてきたからこその今、ここなのだ。

 

 


私にとっても、そして今回の「HONEST HOUSE」にとっても一つの軸となったのはドラマ『ナイトヒーロー 』だ。
本人役で出演されたこのドラマが、私は大好きだ。あるひょんなことからEXILE、三代目のパフォーマーでありながら夜はマスクを着けた「ナイトヒーロー」として戦うことになったNAOTOさんの物語。
そしてその主題歌でもあり、HONEST BOYZのデビュー曲である『PART TIME HERO』の披露と、エンディングの時にやっていたジャンルの違うダンスパフォーマンスを今回帯同しているKID PHENOMENONとともに生で披露すること。

 

 

 

私があのドラマを大好きだった理由はたくさんある。
マスクを外してもヒーローだということを描き切ったこと。また、二重の意味でヒーローであることと自身の大切なものを選ぶこと、そのどちらも大切であることを描き切った、と私は感じたこと。
本人役とはいえ、もちろん、『ナイトヒーロー 』はフィクションであり「物語」だ。
だけど、私はあのドラマが大好きで大切で、そして直人さんのことを「好きだ」と思う軸の一つなのだ(そしてその「好き」の核はもちろんダンスである)

 

 


今回のツアーでこの曲、またパフォーマンスをする時に、直人さんが『ナイトヒーロー』を大切にしてくれているんだなあと感じて勝手ながらびしゃびしゃに泣いた。
そのステージの上には、私があの頃、夢中になって観た「ナイトヒーローのNAOTO」がいたような気がした。お人よしで、うっかりもしていて、ダンスが好きで、誰かのために一生懸命になれるひと。
数年越しに私は、ああ、だからこの人が好きなのだ、と思った。そしていつだってダンスを大切にする、彼のパフォーマンスが、好きなのだ。
あのエンディングを観た時に「この人は踊るひとだ」と思った、その時のことを思い出していた。

 


ステージはやがて、彼の「これまで」を描く。
ダンスに出会った時のこと、将来がどうなるか分からずそれでも踊り続けた日々。人生が大きく変わったランニングマン、彼らとの出会い。
言葉以上にダンスで、直人さんは、大切なことを伝えようとしてくれている。そんな気がした。
閉店後のショーウィンドウを鏡に見立ててずっと踊っていたと言っていた日々を追体験するように。鏡だけをひたすら見つめて、そうして踊り続けた日々。想像もしなかったような時間に飲まれながら、立ち続け、踊り続けた日々。

 

 


「これで食っていく」と保証も確証もなく、ただただ自分を信じて生きていくということ。生きてきたということ。
曲がりなりにも社会人として生活している年数を重ねているから尚更、その時の覚悟や不安について思いを馳せてしまった。何より、それを「好き」という一本で走り続け、信じ続けた直人さんの強さを想う。
そしてそれを、ファンのみんなが照らしてくれた道だと真っ直ぐにいう、そのことの暖かさを思った。長く好きでいた人にとって、それはどれだけ嬉しい言葉だろう。
かなり遅れて、ほんの少し好きでいさせてもらっている自分ですら、こんなに嬉しかったのだ。

 

 


何より。
私にとって、直人さんのダンスは言葉が追いつかないくらいの「好き」なのだ、とこのライブ中何度も思った。そのことがたまらなく嬉しかった。

 

この人が踊り続けてくれる限り、きっとずっと、大好きだ。

 


「この曲で踊りたいと思ってて」とあるパートで楽しそうに話していた姿を見て、幸せな気持ちになった。ダンスが好きな、あなたが好きだ。
ダンスが好きで好きで堪らなくて、やらない選択肢がないくらいに大切にしている、そんなあなただから、こんなに好きになったのだ。
帰り道、何度も思い出しながらなんだか無性に大丈夫だと思った。こんな日が来るなんて、なんて幸せなんだろう。
そんな幸せをくれた彼の、これからの道がどうかあたたかく、素敵なものでありますように。最高のソロツアーでした。