えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

ほんとうにかくの?

ほんかくは、コメディだ。
約2時間。その時間、ひたすら軽快に進む。
もちろん、その中でも起承転結はあるし転があるので登場人物たちが大変なことにもなったりする。
さらにいえば、コメディ、とは書いたけどそれは爆笑必須!みたいなコメディではなくて、
なんかずっとふわふわと楽しい、というコメディである。

心をぐちゃぐちゃにされる、とか
何かを物凄く考え込まされたり、誰かに強く共感したりするわけではない。

だけど、2時間、なんだかずっと楽しい。
それって、結構すごいことだ。コメディってすごいな。


あらすじ

書いたことが何でも現実になる漫画家。
実は、無意識化の中で現実になりそうなことを書き、非現実は否定していた。

つまりは、これから起こるだろうことしか書けない漫画家。

とは言え、暴かれることのない社会悪を暴いたり、
未然に防ぎたいと誰もが思う大災害を予知するなどならまだ使い道はあるが、

彼が描くのは大抵身近で起きる、ご近所界隈の大きな事件。
例えば、誰々が不倫しているとか、誰々が病気を患うとか。

男には並外れた洞察力があった。
流行り言葉で言えばメンタリスト。だから彼の描くことは決して予言ではなく、
当たって然るべきこと。

彼は担当編集者がどんなに望むべき展開であっても、
人が抱く感情的に整合性がなければ「書けない」と言い、
どんなに突拍子も無いことでも、
身近なモデルでリアルを感じられれば「描けるよ?」と言う。


とは言え、いや、だからこそ、身近なことしか予言が当たらない彼は、ニュースに取り上げられることはないが、
身近な者たちからは大迷惑の注目の的。


「あんたもう、自分のことだけ書きなさいよ」


書いたことが現実になる漫画家が、ついに自分をモデルにストーリーを描く。
それが事実になることはわかっている中、彼が描く世界とは?


自分の将来これからの全てを握る数々のできごと。
自分の手で、ほんとうにかくの?



このあらすじ、というか、ほんかくのあらすじって難しくて(ある意味それは久保田さんの作品らしいなあとも思うんだけど)
あらすじから想像していた話とは少し違った。
主人公である扉絵さんの能力は言葉で説明されるよりも物語のなかで実際見た方がしっくり理解しやすいし。

ともかくテンポ良く物事が進んでいく。し、そこそこテンションが高く進むものも絶妙なリアルさがなんとなくおかしい。
たぶん、楽しかったのはその辺りが大きいと思う。


このお話は決定的な悪人が出てこない。
いや屑雄とか屑子とかいるけど(笑)
ただ、この屑雄、屑子をはじめとするたすき組の人々がすごく良くて。
財産が、とかわりとドロドロしかねなかったりする話とかをたすき組が「漫画」として表現することで、重くなりすぎず「ギャグ」として楽しめた気がする。


そしてこの感覚はなんというかほんかくの世界の中での、扉絵さんにとっての「漫画」についてつい思いを馳せてしまうな。
漫画、にすることで現実を少し受け入れやすくする。漫画にしたから「本当になってしまった」わけではないのだ、実際。
漫画が引き金になってることもたくさんあるから難しいけど。でも、漫画が引き金を引かなくても実際「見えないだけでそこにある」ものなわけで。
だとしたら扉絵さんにとってはそれは描こうが描かまいが同じこと、なのか。
そう思うとライトに……なんならギャグ寄りで描いた扉絵さんのこと、すごく好きになってしまうな。


話がズレた。
ともかく、悪人がいないのだ。悪人がいないから良い、というわけではないけど
大神さん今出さんペアの主人公たちと対立するひと、すら愛せる構図、役になってて、だから余計に2時間楽しい。
なんせ、好きな人しか出ていないのだ。
(特に、絵に対してのやりとりが本当に好きだ。めちゃくちゃ好きだ、あそこでああいう振る舞いをする彼が、すごく本当に好きだと思う)


ひとつだけ。
物語のなかで大きなキーとなる瀬古田さんの羊一への恋心、そしてそれに羊一が応えること、がどうしても唐突感があってしっくりこなかったのだけがちょっと残念。
唐突というか、「え、恋愛的には好きではなくない…?おうちのため…?」とすら思えてしまって、なんとなくしっくり来なかったんだよなあ。とはいえ、別に恋愛感情!!!ってエピソードが入るのもなんとなく(キャラクター的にも物語的にも)違うとも思うし、そこが本筋ではないか、とも思う。
おうちのための打算でも応えてもらえるなら、じゃないといいな、と瀬古田さんが好きだったから思ってしまうけども。
更にちょっと蛇足になってしまうけど一瞬「あ、瀬古田さんの気持ちをそういう感じに描いちゃうのか」とひやりとしたんだけど、
その辺はすごく平山さんを中心に丁寧に描かれてたので(なんならそのひゃっと感も後々そういう意味では回収もされてた気がする)良かったなあ、と。
とはいえ、もう少しその辺りはちゃんと描かれてたらもっと好きになったな、とも思うしいやでも尺的にも大筋の流れ的にも違うのか…とも思うし。うーん。


ただその上で
扉絵羊一という人は観察眼もあるし、まるで未来を予見するみたいな能力すらあるけど
ちょっと自分の気持ちをそのまま表すのは苦手なのかもなあ、とも思う。そう考えると、じゃあそういう「あ、好きなのか」がしっくりこなくてもそれはそうか、とも思うわけで。
だからこそ、漫画に描いて消化していたのかもしれない。
漫画という自分が好きなものの力を借りてなら、描けたととると、なんだか最後の「暴露漫画」も含めてしっくりと、その不器用な人柄が腑に落ちる。
綺麗さっぱり消えてみたいと思ったことがある彼が、一旦出し切った「漫画じゃないと描けなかったこと」の次、何を描くのか。
ついそんなことを想像してしまうくらい、劇中、色んな人が愛おしくなるようなそんな2時間だった。


2時間ずっと好きな人しか出てこないと書いた。

かつこれは、お話としての話だけじゃない。
そしてもちろん「推してる役者さんが出てる」という話でもない。いや、実際たくさん出てるんですけどね、好きな役者さん。めちゃくちゃ幸せなくらいでてるんですけどね。
キャストさんも全て、なんというか、ストレスなく、ずっと楽しめるように張り巡らされている。
なんというか、そういうのすごくこう、居心地が良いんだよなあ。
お芝居の感想で居心地がいいっていうのもおかしな表現かもしれないけど。
なんだか、本当に、そういう、ああ楽しいなの詰め込まれた時間の幸せをついつい噛み締めてしまう。うん、やっぱり、コメディって凄い。