えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

耳ガアルナラ蒼ニ聞ケ

※ネタバレを大いに含みます



耳ガアルナラ蒼ニ聞ケは、日本の歴史の中でも人気がありかつ、今でもこうだったんじゃないかと議論が交わされる「坂本龍馬暗殺」をテーマにした物語だ。
誰が龍馬を殺してのか、何故あれだけ人のために尽くした彼が殺されなければならなかったのか。


そしてそれをあの日、龍馬が死んだ近江屋に一日いた男、龍馬を思う3人の女からそれぞれ語られる視点から解いていく。


私は、初演で初めて生でボクラ団義を観て、
再演を観て、それからずっとそれぞれをDVDで観続けた。
その中で、私もわからなかったことがある。


「本当なら助かる道もあったのではないか」
「無論わざとまで言うつもりはない」


物語のはじめ、あの日一日近江屋にいてあの日の全てを知る今井は言う。
何かが一つ違っていれば、いやむしろ龍馬がもっと助かろうとすれば。違う未来があったんじゃないか。


そうなってくると何故助かろうとしなかったのか、となってくる。
肌感覚では、観終わったあと、その今井の言葉に「ああ確かにな」と思ってるような気もする。だけどなんとなく、しっくりこなかった。
それは、物語中語られるお芝居に夢中になるあまり他のことを感じ考えていたから気にならなかったような気もする。だけど、今回、改めてこの大好きな物語に触れるにあたり、ちゃんと考えてみようと思った。


それで、自分なりにああこういうことかもしれない、と分かったような気がする。気がしている。

ところで。

初演、再演を観た時とはまた私の状態は違う。
そもそも「暫定最終公演」であることはどうしたって頭の片隅にずっとあったし、
それ以外にもプライベートでも環境も変わったし色んなことがあった。その中で多少、価値観だって変わったように思う。


それに何より、世界の状況が変わった。


初演再演以上にこの物語の言葉が胸に迫る。

「斬る相手のことなど知る必要はない」
「知ってしまえば斬れなくなる」

自分と考えの違う人間を徹底的に排除しようとすること、それをする時、言葉ではなく暴力を用いること。それに疑問を感じず、感じたとしても仕方ないと切り捨てること。




それは何も、この1ヶ月の世界情勢だけの話ではない。そもそも、コロナ禍になった時、人は誰かと協力するより排他的になるのだとまざまざと何度も観ることになった。自分の思考回路にもそういうところを何度も見つけて嫌気がさした。

だからこそ、そう感じたのかもしれない。
そんな風に思っているからこそ、「何故龍馬は助からなかったのか」いや、「助かろうとしなかったのか」という自分の中の問いに出してしまった結論なのかもしれない。



なんとなく、沖野さん演じる坂本龍馬が酷く疲れているように見えた。
正しく在ろうとすること、ズルをする人間だけが生き残ること。
劇中描かれる彼の叫びが耳に残ってる。
何も、劇中の池田屋、土佐の過激派の行動・それに対しての粛清だけが彼を削ったわけじゃないだろう。
正しく、誰かを自分の大切な人たちを幸せにしようとした行動考えが、歪んでいくこと。そんな人たちを見続けること。それってすごくしんどいよな、と思う。


中岡慎太郎に刀を許したのは、何より彼への情だとは思う。思うけど、本当にそれだけだろうか。



知れば、生き延びてほしいと願ってしまう。だから知らない方がいいし、知る必要はない。
ひどいことを、ずるいことを選んでそれを「そうするしかなかった」と言う。……本当にそうだろうか。
誰かがそう言って、信念を捨てて諦めて迎えてしまう結末に何度か本気で喉が詰まるような気持ちになった。


耳ガアルナラ蒼ニ聞ケは男と女の視点から坂本龍馬という男を観る。
その中で、とんでもないお人好しで天才で剣の腕がたつ侍の人としての顔が見えてくる。私は、中でも姉の乙女さんから見える坂本龍馬の顔が好きだ。
元々好きだったけど、今回さらに好きになった。乙女姉やんにだけ漏らした弱音や迷いの表情でより坂本龍馬のことを好きになった。


そして今回、お龍さんを選んだことに物凄くしっくりきたのだ。坂本龍馬の姿に絶望とか疲れを見たからかもしれない。自分の好きなように生きる姿に癒されること、そのことにあーーーーー分かる、と腑に落ちた。そしてふたりのシーンが更に愛おしくなった。


とか色々書きながらもまだ坂本龍馬のことを格好いいと思ってるし、ほんの少し「疲れて諦めた」という自分の結論に納得していない私もいる。私にとって坂本龍馬はヒーローなのだ。
だけど同時にそうしてヒーローを押し付けることについて思うこともある。


でも、それで良いのだと思う。


正しさの結論を出すことは難しい。
「耳蒼のメッセージはこれだ!」と断言することはできない。
そう思えば思うほど、このタイトルを思い出す。


耳があるなら、蒼に聞け。
考え、聴いて感じ、心を揺らすしかない。これだけだ、とかこれが答えだと決め付けず、諦めず、ただただ、聴いて考える。生きてる限り、そうしていくことしかないのだと思う。