えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

まる

妙に印象に残る予告だった。
綾野剛さんが好きなタイプの役を演じるっぽい。もちろんそれも観に行くきっかけの大きなポイントではあったけど、何よりあらすじとその印象的な予告に「ああなんだか、この映画は見たほうがいい気がするな」と思った。

 

 

私の仕事は比較的「成果」が分かりやすい。し、時間をかければ必ず成果が出るというわけでもないし、かといってやらなくても結果が残せる仕事でもない。
だから、思うような成果が出ていないと頭と体、心を搾り切るみたいに動かしたはずなのに「何もやってない」と思う。
さらには、私はこうして趣味で文を書くことが好きだ。文を書いたり、ラジオごっこと称して、何かを表現してる、というにはほんの少し甘い、そんな表現もどきを日々積み上げている。やりたくてやっているけれど、特に何かをリターンとして得る、という類のものでもないから時々「なにもない」と思うことがある。

 

 


なにもなくても、いいのに。
例えば仕事なので、もちろんそれは成果やいい成績をおさめたほうがいい。おさめたほうがいいけれど、たとえ、おさめられなかったとしても、いてもいい。まして、仕事が自分の人生の全てじゃないんだから、それで私の人生の何が決まるわけじゃないだろう。
趣味のことなんてもっとそうで、自分がやりたくてやる、がはっきりしているのだから、誰が喜ぼうが喜ばなかろうが、やりたければやる、でいいはずなのだ。
なにもなくて、いい。
だけど、どうしたって、本音を言えば、そう思えない。
承認欲求と言われてしまえばそうだろう。だけど、なんだか扱いにくいこの黒々としたものはそんな4文字に簡単におさまるようなものでもないような気がするのだ。

 

 

 

この「まる」という映画は美大を出たものの、アートで身を立てられず、かと言ってそれに対して足掻くこともできず、ただただ生きている沢田という男がなんの気なく描いた「まる」が世界中に求められることで、どんどん彼の人生が思いもよらぬことに巻き込まれていくことを描く。

予告でも分かるように本当に何故熱中されるのかわからない○とそれに熱中していく人たちの描写。つかみどころがあるようでない登場人物たちと、どこか「ファンタジー」というか、抽象的な作品のように感じる要素は多い。それこそ、アート的な映画である。
だけど、だというのに、むしろはっきりと生活や私たちの世界に紐付けられていて、それがデフォルメ化されているような、むしろはっきりと直接的に描かれているような、ともかくそんな絶妙なバランスの映画である。

 


私がこの映画に興味を持った理由。それは一つには熱狂される、ということに興味があるからかもしれない。
沢田を演じた堂本剛さんはKinKi Kidsでもあり、輝かしいステージに立ってきた人だ。
私自身が「推し」がいるから、というのもある。今まで何度も色んな人が熱狂され、求められる姿を見てきた。し、実際私が「求めた」こともある。
それは、全てをひっくるめて「不幸」と呼ぶつもりはない。ないのだけど、あの映画のなかで起こった出来事を私は知ってるような気がした。
過度な暴力的な好意だったり、それくらい、といわれのない誹謗中傷だったり。
そこに戸惑い、消耗する沢田を見ながら、なんとも言えない気持ち苦しくなる。
苦しかったのは、たぶん、それだけじゃなかった。
それでも横山の「じゃあ俺がさわだでもいいよね」という気持ちも、分かるような気がしたからだ。

 

 


横山は夜中、唸る。最初、画面の中のことなのに妙に怖いくらいの狂気すら感じる、唸り声。
だけどだんだんと悲しくなっていく。そこにある焦りだったり嫌悪だったり自分への情けなさだったり。
価値がない自分はいちゃいけない。働かない、価値がない自分。そんな自分への不安と、怒り。
それは、沢田と違うように見える。でも、あるシーン、そんなこともないよな、と思う。
沢田と横山は、違う人間だ。相性が合うとも表現されていない。だけど、そこにある感情はなんだか、すごく、近いような気がした。

 


少しつかみどころのない台詞たち。だけど、それで良かった。それが良かった。そこにそっと自分の日々の焦りや寂しさがもしかしたら勝手に重なったのかもしれない。
だから、ふたりのシーン、不思議な気持ちが込み上げて、泣くのを堪えてしまった。泣くよりも、堪えながらそこにある気持ちを噛み締めたいような、そんな気がしたのだ。

それから、沢田と同じコンビニで働くモーのことも、ずっと、考えている。彼や沢田が日々の中で重ねていく少しの消耗(いや、全く少しなんかでは、ないのだけど)を歩きながら考える。なんなんだよ、と過ぎる。その度に彼が笑顔でまあまあ、と声をかけてくる。

 

 

 

本当に不思議な映画だった。どこか覚えがある景色、感情、人々。
やってられないことがあまりに多い毎日の中で、でもどこかに彼らがいる。彼らの世界に繋がっている。
映画の中、何かがすっきりしたか、と言われると難しい。結局、そこにある激情や大切な心すら、勝手に「いい感じ」にされることをくそったれ、とも思う。だけど、でも、なんだか、大丈夫なんだ。なにも、変わってないのに。変わってなくても、確かになんとなく、そんな気がしている。