読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えす、えぬ、てぃ

お芝居の感想など

今 だけが戻らない

観れた!観れたよー!!
台本を既に見て、展開は知っていたけどやっぱり舞台は舞台として観た方が更に楽しいなあ、と思った。しあわせ!


あらすじ
取り戻したのは、二度と戻らない筈の「過去」だった。

そこで見たのは、やたらと遠い「今」だった。


タイムトラベルを「行って帰ってきた男」が語る 過去の未解決事件の真相
未解決事件の捜査を専門に扱う【警視庁特命捜査対策室】で捜査を続ける刑事たちに男が語ったのはまさかの「自供」!?
「過去」を取り戻せたはずの男が語る「今」とは?
「置かれ続けた【一輪の菊】」が全てを物語る ボクラ団義が送る!タイムトラベラー自供型サスペンス舞台劇!?

 

これは、男の執念の話だと思う。
この男、は渡部浩一であり、倉下保であり、瀬戸沼陽であり、岡本仁で、司冬雪で、そして、真壁啓のことだ。

話の雰囲気的にはボクラ団義さんの「鏡に映らない女 記憶に残らない男」に近い気がする。
他人には理解できない執念で、人々を不幸にする人間と、それに翻弄される人々。

久保田さんの描く「狂った」ひとの憎めなさはなんなんだろう。
やってることは狂気に満ち溢れていて、そこに理解できる要素はないはずなのに。

(この辺り、久保田さんのパンフ挨拶とかを見ながら読むと心が苦しくなる)

5年前、10年前、20年前とそれぞれ事件が起こり、それを捜査する警察がいて、その警察に技術を提供する科学捜査研究所がある。
今戻は出演者数的にもわりと、構造が複雑だ。
久保田さんの作品の中でシリアスな設定との比較としてのほのぼのパート(コメディパート)を担ってるのは、科学捜査研究所のふたりだ。ふたりじゃれてる姿はすごく可愛い。が、実際に今回ふたりが背負ってるのは、この作品の中心である「戻せない後悔」であり、また皇・志熊の同一人物が描くのは、執念によった行き過ぎた行動だ。
そう考えると、特命捜査対策室の伊丹さんはこの作品ないで一番自由かつ、明るい役だった。もうほんと癒し。特命捜査対策室の3人のトリオもすてき。もっとも、瀬戸沼にしろ、久遠にしろ重たいものを背負っているので・・・癒されれば癒されるほど後半辛いんだけど。
捜査一課組に関しては、司さんは例外(ポジション的にも、捜査側の人というより被害者の遺族の意味合いが強いし)として、比較的冷静に、だからこそ的確に事件を追っていく。ある意味、複雑に絡む話だからこその必要なポジションだったのかも。

で、起こった3つの事件と、その犯人だ。


真壁啓が、犯罪を起こさないこと、を諦めた20年前の事件。
怜美の言葉を聞いた辻堂(真壁)の表情が悲しい。本当に、友人としての親愛の情を理解できていない表情で、かつ、裏切られたとむしろ傷付いていたように見えた。
これは10年前、5年前の事件にも共通して言えることだけど。
被害者たちは全て普通のひとだ。
事件など、起こる必要もなく殺される理由もない。所謂、殺されそうオーラ(鏡に映らない女 記憶に残らない男より)なんてものはない。
普通に生きて、笑い、近くにいる人を大切に思ってる。し、当たり前に幸せになりたいしたい、と思っている。からこそ、起こるすれ違いや諍いも描かれてはいるんだけど。

それらをたぶん、真壁啓は理解できない。
それはスライドやラストに語られた彼の半生の影響だろうし、誰も彼に与えたりしなかったからなんだろうな。なんてことを、辻堂の台詞や行動に思う。
(誤解のないように言いたいのは複雑な出生とか、両親の関係とかましてや施設育ちだ、ということは関係ないというか、あくまで要素でしかなかったと思う。現象でしかないというか。それを受けて、どう変わったかどう与えたのか、みたいなことで)(うまくまとまらないけど)

決して真壁啓は許されないし、ほんとに独善的かつ彼の価値観でしか物を見ていない。
なんだけど、じゃあただ彼が悪なのか、と思う。悪なんだけど。
ただそれは、物語の中の空想の悪役ではなく、彼自身がたくさん傷付き、限界を超えたからこその今の姿なんじゃないか、とも、思う。まあだからと言って、何をしてもいいというわけじゃないけど。辻堂、の頃に怜美を「こいつも生かしちゃいけないのか」って言ったのがなんか印象的だった。生かさない、と自分で判断したというより、もっと主観とかを除いて客観的に判断した、みたいな言い方のように感じた。いやまあ、主観だし、悪なんだけど。
ある意味、この辺りは結論がでることはないんじゃないだろうか。

 

そして、この作品のラストシーン。
なんたらマシーンの、正しい使い方。過去の友人たちと会えるということ。
結局、今、しか戻らない。今を後悔しない、と最後に渡部は言うけど、後悔しないように過ごすことができるのは「今」だけなのかもしれない。
ただ、それを演劇サークルの彼らは失ってしまった。もうあのなんたらマシーンで再現された今、がくることはない。


正直、私はこのお話をどちらかといえばバッドエンドと捉えてしまったというか後味はあんまり良くないなあ、と(それは舞台として観たらだいぶ払拭されたけど)思った。思ったけど、気が付けば何度もDVDを再生してるのは、出てくる登場人物たちが、真壁も含めて必死に生きてたからだろうか。