えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

日々を重ねる

誕生日である。
時々1日に2本あげるなんて言う裏技をしていたけども、ともあれ、23本目の3月のわがまま日記である。
今回分かったのは、酒飲みに「毎日何かやる」というのは結構ハードルが高いことである。その前提で予定を組み込めば良いんだけど、これくらいのまだ習慣の赤ちゃんみたいな状態だと平気で酒に負ける。まあ、というか、そもそも予定が狂うほど、日付を越えてまで飲まなきゃいいというのは、もっともなんだけど。

 

 


23日毎日1000字以上の文を書いて分かったことがある。
私、たぶん、文を書くのがめちゃくちゃに好きだ。日本語を正しく使えているか、と言われると途端に自信を無くしてしまうけど、それも含めても、文を書くのが好きだ。

 

 

 

そして何より、毎日あーでもないこーでもないと考えるのが好きだ。別段なにもないことを私は毎日考えていてそれは悩みと紙一重なんだけどこうして考えているからこそ、毎日楽しいんだろうな、というのが分かった。

 

いつぞや、若林さんがひとりで平気なのはひとりでずっと自分と喋っているからだ、と言っていた。分かる気がする。私の頭の中も常にうるさく、それはなんというか「一人で喋ってる」のだ。
見たこと聞いたこと、過去のこと、やりたいこと、そういうことについて絶え間なく自分とひたすら喋ってる。

 

 


「え、なんでこんなことすんの」
「あああれ、嬉しかったよな、すごいよな、でも多分、本人、忘れちゃうんだろうなあこんなずっと覚えてたら気持ち悪いかな、でも、嬉しかったんだよなあ」
「アレってもしかしたらこういうことの可能性ない?え、それすげえ面白いな、じゃあもしかしたらさ…」

 

 


記憶の一つ、街中で聞こえてくる音、見えるもので頭がぐるぐる動いてお喋りが始まる。
それを1日1000字近く文を書く、という習慣があると自然と逃がす先があって楽しい。ネガティヴな人間だと自分を思ってるし、実際書いた文にはメソメソとしたものも多いけど、でもそれ以上になんかこいつ、毎日楽しそうだなと思った。

 

 

 

落ち込んで文を書いてても落ち込んで、何かを嫌って、怒って終わりたくないらしい、ということに気付いた。それは楽観的というよりかはしがみつくような必死さがあるけど、いつだか、いろんなことを諦めたりバカにして、スカしていた自分よりも幾分、良いなあと思う。
そしてそれはきっと、日々、食べるみたいに取り入れてる、面白いこと、楽しいことから知った真っ当なんだと思うのだ。

 


まあまだ、怒ることも多いし振り返ってやなやつだったなあと自己嫌悪で頭を抱えることも多い。それもこれも、ちょっとずつだ。
何より、やりたいことがたくさんあって、きっとまだ見ていない面白いも山ほどあって、そう思うととんでもなく嬉しくなる。
わがまま日記も残りあと1週間と少し。とはいえ、その後もブログは書き続けるし文フリもある。ラジオごっこもやるだろう。
良ければ、気が向いた時にお付き合いいただけたらとてもとても嬉しい。