えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

ロクな死に方

フライヤーを観たからか、それとも感想を読んだからか。
ちょっと今定かじゃないが、上演当時なんで観なかったんだろう、と猛烈に後悔したのを覚えてる。
お芝居に対して観なかった後悔をつらつら書くのはとても失礼なことだけど、ともかく、私にとってこのお芝居はある意味、未練、となって残っていた。
なので、ほぼ初めましてのこの作品に手をつけたのは、そんな未練からだった。


あらすじ
水野チサトは元恋人・毬井(マリイ)という男の死をどうしても受け入れられずにいた。彼の死後、体調を崩し、店長として務めていた飲食店も辞めてしまった。そんな彼女がある日、「やっぱり毬井くんは生きている」と主張しはじめる。毬井が生前に書いていたブログが、今も更新されている、というのだ。しかし、確かに毬井が死んだことは事実である。

チサトの姉・ハルカは、そんな妹とどう向き合うべきかに困り果て、職場の友人・生方(ウブカタ)という男に助けを求める。自宅に彼を招待し、妹と話をさせてみることにしたのだ。はじめは激しく生方を拒絶していたチサトだったが、彼の落ち着いた人柄に触れるうちにだんだんと心を開いていく。生方はチサト・ハルカと相談の上、毬井のブログを現在も更新し続けている「なりすまし」の犯人を特定することを決心し、独自の調査を始めることにした。

物語はもう一方の側からも展開する。つまり、その「なりすまし」の「犯人」武田の側からである。武田は結婚願望の強い恋人や、気のいい後輩に囲まれて安定した日々を過ごしていたのだが、そこへ突然、学生時代の友人・毬井の死の知らせが届く。やがて武田は、毬井の意志を継ぐかのように、毬井が生前に残した「手記」をブログにアップしはじめる。武田には生前の毬井と交わした約束があったのだ。

そして生方が武田を探してあて、ブログの更新は止まる。ゆっくりとだが、確かにチサトも毬井の死を受け入れていく……。


凄いのが、もうこの話、ほぼこのあらすじの通りなのだ。
勿論あらすじに語られないことはある。
あるんだけど、観終わって改めて読んで、え、ここまで書いちゃって大丈夫?ってくらい、詳細が書いてある。


シンプルな舞台である。
始まり方も衣装も、そして机や椅子に見立てられる装置も小道具も。
かといって、抽象に走りまくってもない。当たり前のものを当たり前にきて、使い、普通の会話をする。
だけど、その肌触りは何度もやすりにかけて磨かれたようなつるりとした、そして同時に鋭利なものだと思う。
変哲のない会話だったりする。
わざとらしく、言葉の繰り返しがあったり変わった題材を話したりすることなく、もしかしたら、電車や居酒屋で耳をすませば聞くこともありそうな会話たち。
だけど、違うのはそれらが全て隙がないのだ。
隙がないだけで、余裕がないわけじゃない。
動きもそう。
なんだろう。
真空状態ってあんな感じなんだろうか。

ともかく、なんだかよく分からない興奮と、ビリビリと痺れるような空気感の中、だけど変哲もなく、物語は進んでいく。

男が女に話している。
ある死んでしまった男と、その男の周りの人々の話。
話の内容は、あらすじのとおりだ。
死んだことを受け入れられない元恋人。
その妹を案じる姉と、その知人。
なりすましを続ける男。

そして、死んでしまった男。

メインの流れは、なりすましの男が書くブログを軸に進んでいく。


どんでん返しがあるわけではない。
男は死んでしまっている。
それは変わらない。
劇的に何か、救われたりあるいは絶望したりするわけではない。
かといって、全く平気なわけではない。
ピリリとした会話の端々に、彼らの悲しみや生活が覗く。

本当に、シンプルなお芝居なのだ。

男が死んでしまった、
死んでしまったからもう会えない。
誰かを好きだと思う、好きだからこれ以上好かれることはないと、嫌われるかもしれないと恐怖する。
どこか曖昧な、死んでしまったという感覚、それを信じたくないと思うこと。
死んでしまった。
死んでしまったからもう会えない。
だから、かなしい。
だけど、生きていけばそれは確実に、過去へと変わる。


印象的な台詞がある。
「呪われたいと思うこともあるんだよ。
そうして残るんだったら。呪い大歓迎、みたいなさ」

記憶頼りに書いてるから違うかも。雰囲気で覚えがちだよね!

人が死ぬという事実は、どうやら変わらないし
時間は止められない。
シンプルだ。
変わらない事実なんだから。
そして、それが人によってはこない、なんてものなら話は違うのだけど、残念ながら全員にいつかやってくる。
自分の死だけでもちょっと持て余しそうなのに、大切な人の死ってのもやってきて、往々にして、それを乗り越えて踏みつけて、生きていかなきゃいけないのがだいたいの流れらしい。
そんな、あんまりだー!とよくよく考えれば叫びたくなるような事実を、このお芝居は削げ落とした音と光の中、告げる。

死んでしまう。死んでしまえば、かなしい。
だけど、生きていけば、それは過去になってしまう。

だけど、それは絶望ではないんだと思った。
とんでもなく悲しい、胸が塞がれるような事実なんだけど、それは、絶望ではない。

お芝居の感想というより、もはやなんか、体験メモみたいになっているけど、
本当にあの、研ぎ澄まされた空気が好きだった。
次こそ、生で出会いにいくんだ。