えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

ラジオを聴くこと

河原でぼんやり過ごした。たぶん、何もせずに歩いていた時間を入れたら数時間。
ここ数日起きるたびに、いやそれどころか普通に仕事をしていてもずっと頭がやかましい。怖いこと嫌なこと許せないこと……なんだかそういうものが頭のあちこちでザワザワとしていて、その癖、話す先もない。そんなものが、べとりと張り付いていた気がした。

 

 

話す先もない、なんて、そんなことはないのかもしれない。本当は、話したら伝わる人だっているのかもしれないし、話すことを待っていてくれているのかもしれない。
だけどそれよりも何よりも時々漏らした言葉が粉々になるまで踏みつけられたり「変なの」と言われるのに疲れてしまった。
信頼する人に話せばいいと言われたらそれまでだけど、もしそれで、伝わらなかったらいよいよにっちもさっちもいかなくなる。その怖さも想像できないなら、黙ってろよ。そんな、ことを思う。

 

 


そんな数日を過ごしていたので、友だちに謝って予定をキャンセルさせてもらって河原で一人、ひたすら、川を眺めていた。
そうなんだよな、こうしてキャンセルしても「いいよ、またね」と休んでね、と送り出してくれる相手がいるほど恵まれているのに、なんで私はいつも、こうなんだろうな。

 

 

大きな街の河原だから、タワーマンションがあちこちに建っている。新しいのも古いのも。
そんな長閑なようなギラギラしているようなどこかアンバランスな光景を見ながら、私は、ラジオを聴いていた。

 

ここ数年はずっとそうだ。何が何だかわからなくなった時……こういう時、高確率で私はラジオを聴く。
聴いていたのは、数ヶ月前のラジオで、いまだに聞き返さずともあの時のパーソナリティとゲスト二人の会話の意味を時々考えるほど、大切な回。そうなんだよな、と思いながら、ずっと、ぼんやり聴いていた。
考えていることをいつもなら文字にしたくなるのに、それもせずにしそうになるたびに何も浮かばずに白いまま、アプリを閉じて。

 

 


ところで私は、ラジオが大好きではあるけれど、同時に時々ラジオの魅力として語られる「本音を話してくれるメディア」という言葉へぼんやりと違和感を感じている。
リスナーだからこそ、他のメディアでしかその人を知らない人よりも知っている・理解っている、という言葉に本当にそうだろうか、と時々、首を捻ってしまう。
そのくせ、たとえば自分が毎週聴いているパーソナリティについての言葉に「そうじゃなくてさ」と言いたくなったりまるで古い友だちのような親しみを覚えたりするから我ながら厄介だ。
理解していたいとは思う。どうしようもないほど、親しみを覚えているし聴かせてもらった色んな話を聴けて良かった、と思ってる。
だけどそれを特別と呼ぶこと、そこからリスナーだから理解ってるとすることはどうしようもなく、怖い。
だって、理解ってるなんてことないのに。理解ってるとされることにいつだって傷付いたりするのに。それが友だちや家族、恋人であっても、そうなのに。ラジオを聴いているだけの電波を、時間や場所を大きく隔てたところにいる、「関係」なんて言うには薄い、そんな「リスナー」である自分が、どうして理解ってるなんて言えるんだろう。
そう、自分に対して思う。

 


そんなことを繰り返し思うのは、だというのに、なんならそもそも私はメール含めて何も「発していない」のに理解ってもらえてるような、そんな気持ちになっているからだと思う。
さらに正確に言えば、自分の理解されない、これはたぶん一人で未来永劫抱えるんだろうなあと思ってるものと向き合う、そんな時に、ただそばにいてくれてるような、そんな気がしてしまっているのだ。

 

なんでだろうな。

 

 

 


「あなたに」とラジオの向こうから語りかけられた。
真面目な話だって、バカバカしい明日になれば忘れてしまうような話だって電波越しじゃなきゃぴんとこない与太話だって、いつだってたぶん、そうだった。あなたに、と言うその声にうんうんと相槌を打ってきたし、それは相槌を打ってもらっていたんだと思う。
毎日の生活の中で眉を顰められてきた時間が、ここでだけ、そうじゃなくなる。
浮ついて、行き場をなくすようなふわふわしたものがぴたりとピースがはまる、そんな気がする。
あなたに、声で伝えたいと言われた言葉を考えていた。なんでこんな大切にしてもらえるんだろうな、という感慨は決して錯覚などではなくて、そしてもしかしたら「大切にしたい」と思っているこちらの願いのようなものも、伝わっているのかもしれなかった。これは、だったら良いなあと思っている、という話に他ならないけど。

 

 

 


現実を忘れられるようなラジオを、と言った、その言葉を思い出す。聴きながら、歩いていた足をつい止めそうになった。道端だったのに、うん、と頷いてしまった。
そうだ、現実を忘れられるような、だけどただ、フィクションの世界に飛び込むというよりも、ここにいたまま、ほんの少し一休みさせてくれるような。
そんなラジオの時間を、私は愛してる。