えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

ご飯が美味しい

このブログからまもなく早1ヶ月。



心身共に衝撃を受けてそれ以上に私生活が年末からしっちゃかめっちゃかで「痛くないところがない」みたいなネタにでもしないと無理な日々が続いていた。
不調をそのまま言葉にしないと無理だし、かと言って言葉にしてる自分も無理だしつーか別にラジオが終わるからここまで喰らってるわけでもねーしと半ギレで思いつつ、過ごしてる今日この頃、皆様いかがお過ごしですか。私はなんとか生き延びてます。




同僚が私の様子を見て、「不運が終わるかつくさんの命が尽きるかのチキンレース」と半分ネタで半分心配で口にする中、なんとかギリギリをこなしている。
そんな中、突如舞い込んできたカフェPRONTと Creepy Nutsの創業35周年記念のコラボ。
もう、これが、とんでもない希望。




全くもって情けない話だけど私は「何か片方」ができない。仕事に集中も趣味に集中も私生活に集中もできない。
どれか一つでも充実してたらOKと思えないし、一つがぐるぐる動けば、他も一緒に動く。思考回路も切り分けられないし、上手く行ってる時は比例して、上手く行ってない時は反比例して調子を崩す。
どれかが止まると無理なんだねえといつだかそんな私の話を聴いた叔母が言っていたけど、こういう時、つくづくしみじみ自分でも思う。
そんなわけで、どれもがちょっとずつ注意報が出たと思うとそのまま総崩れ的に警報モードに切り替わり、エラーの連続みたいになっていた私に「PRONTとCreepy Nutsのコラボ」は言い尽くせないくらいの希望だった。

待ちに待ったポジティブ要素である。しかもご飯は美味しそう、ドリンクも楽しみ、グッズも可愛い、え、店内放送まであるんですか?





そんなわけで、仕事で頑張ったと思えばチャイをテイクアウトし、後輩と約束してはランチし、仕事の山を越えたと思えば夕飯にボロネーゼを食べ



なんかその時、とんでもなく幸せだな、と思ったのだ。
前提、プロントさんの食事、ドリンクはどれも美味しい。元々美味しいイメージはあったけど、噛み締めてコラボメニューを楽しむと、一際それを実感する。


また、店内放送やコラボホームページでも言及されている通り、ふたりも商品開発に加わったというコラボメニューは美味しいだけではなく、ついふたりのエピソードを思い出してにっこりするし、思い出さずとも、店内放送の楽しそうな会話を聴いていれば、思い入れも生まれるというものである。


ふと店内を見回すと「あ、ファンかな」という人が目に入る。あるいはTwitterで誰かの嬉しそうなプロントに行った報告を読む。
そうするたびにほこほこと嬉しいが心の中に溜まっていく。



更に言えば
毎日、心が折れそうなことがある中で、「何かを食べること」を楽しみだと思えることは嬉しい。その上それが自分の好きなものに纏わるなら、心まで満たされる。
しかも、プロントの店員さん達はおそらく今回のコラボで増えたであろうオペもこなしてくださりながらにこにこと対応してくれる。ありがたい。時々、Creepy Nutsについての雑談なんかまで振ってくれる。正直挙動不審になってしまうし、間違っても「面倒なファン」「痛いファン」と思われたくないからうち頬をきゅっと噛んで喋るけど、内心、飛び上がるくらい嬉しい。



ラジオが終わるだけで凹んでいるわけではない。
ないけれど、日々あるいろんなことを跳ね飛ばすだけの元気がなくてのろのろとマイナスな方へ方へ進みそうになっていた私にとって、本当に、ちょっと気持ち悪いくらい、今回のコラボが嬉しかった。

そう、「嬉しい」だったのだ。



落ち込むこと、嫌になること、ほらやっぱりと諦める方が早いようなことが続々と起こる中、
楽しいや嬉しい、美味しいが「ここに行けばある」というのは、なんて心強いんだろう。
そんなことを、しみじみ考えつつボロネーゼを噛み締めていたら文にしたくなった。この時間がこの企画が嬉しかったと言いたくなった。




誰に言ってるんだってそりゃ、未来の私だ。今まさにこのブログを振り返ってる「いいことねえな」なんてほざいてる私だ。
いいか、自分の機嫌をとるのだるいとか馬鹿馬鹿しいとか思ってるだろうし
そこまでして自分の生命活動のお膳立てをしていることに腹を立ててるだろう私よ。
あのな、楽しいとか嬉しいとか、ばかにすんなよ。




そう思う。


大きくて正体不明な漠然とした面倒臭さや嫌なことや悲しさは、こういう、ささやかでハッキリとした「楽しい」や「嬉しい」「美味しい」で払っていけばいい。
そんなことで機嫌を直すのかよ、と笑われそうだけど、残念、なおしまくるつもりだ。
形も大きさも分からないような意味のわからないマイナスよりも小さくてもささやかでも、こういうプラスが、余程大事だと、私は思う。


だって、なんとなくめそめそして何もできないままになった不幸より、ボロネーゼが美味しかったという気持ちだけでこんな文を2000文字分書かせることの方がよほどすごいことじゃないか。ありがとうPRONTさん、ありがとうCreepy Nutsさん。期間中、また何度も元気をもらいにいかせてもらいます。