えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

3年A組 -今から皆さんは、人質です-

先生の言葉は、届いたんだろうか。そんなことを考えるのは、野暮かもしれないけど。

今更だけど、3年A組を観た。
話題になったドラマなので、やんわりは知っていた。なんなら、1番肝になる結論……柊先生の目的は知っていた。そんな中、民王を観たことで菅田将暉さんのお芝居に今更ながら改めて惹かれた私はTverの配信をきっかけに観る機会を得たのだ。



さて、そもそもリアルタイムで刺さらなかったところの理由に配信を見ながらしみじみ思い至った。
リアリティ云々というよりかは大味という方がしっくりくる展開や設定の数々。それはなんというか、こう、絶妙なところだった。好きだな、というのとちょっと合わないな、というのの。
でもなんか、話外れるんだけど
Tverの配信で気になるドラマをわりと片っ端から観ていた。もう、それが物凄く楽しくて。
例えば苦手な役者さんとか、合うかなあと思ってた題材とか。そういうのが、いくつか合ったんだけど、それが面白かったんですよ。
楽しい、めちゃくちゃ楽しい…と噛み締めるように思っていた。楽しいだろうなと予測した作品が楽しいことも嬉しいけど、それ以上に「あ、こんなに面白いんだ?!」とわくわくするのは嬉しい。


もちろん、その面白い!は普段どストレートど真ん中に刺さった時とはちょっと違うんだけど、
それって、ふらっと入った居酒屋で通いてえ、とはならないんだけどあ、今夜ここで飲んだの最高じゃんって笑うような気持ちに似てる。
知ってる世界だけで構成されるより、楽しいんだよな、たぶん。



そんなわけで、私は3年A組をほんの少し、半歩くらい下がった感覚で観ていた。
それは冷めてたとかではなくて、なんか、また違った楽しい感覚だった。
しっくりこないことは時々あったんだけど、それは多かったんだけど、楽しかった。



しっくりこなかったのは
たとえば最初、柊先生の年齢設定が、しっくりこなかった。
余命幾らかだとして、大切な人が傷付いたとひて、その行動をするだろうか。いやでも、この年齢だからこの…言葉を選ばずに言うと突拍子もない、とんでもない…計画を選べたのか。そんなことをずっと考えながら観ていた。
生徒たちが柊先生の"授業"に感化され、影響され、変わっていく。誰にも理解してもらえないと閉じていた生徒たちが開いていく。


それを観ながらそうか、だからこの年齢じゃなきゃだめか、と納得した。
高校の時、果たして27歳の先生を自分が若いと観れていたかは微妙なところだけど、今アラサーと呼ばれる年齢になった、私は27歳が高校生とそう大して変わらない、とすら感じている。いやだって、私、全然あの頃から変われてる気がしないもんな。
それはともかく、だ。
だから、柊先生はこの年齢である必要があったし、きっと、生徒たちにも届いたのだ。
歳だけ重ねて、分かったようなことを口にする"大人"じゃなくて、
柊先生自身正解に迷いながら、方法を探しながら不恰好なくらい無茶苦茶な方法で、道を見つけようとするから。
だから、聴いてみようと思えたんじゃないか。
そうすれば、画面向こう、誰かに届くと思えたんじゃないか。



で、実際届いたんだろうか。
最終回の、弾丸のように湧くコメントともに、血を吐くような柊先生の台詞は、リアルタイム当時も観ていた。観ながらこのやり方って冷めて受け取られるんじゃないのかな、それとも逆にこれくらいのが響くのかな、とぼんやり考えながら。
その頃よりかは、彼の痛みを具体的にイメージしながら、それでも、やっぱり届くのかなあと思っていた。
実際、あれからも、いくらだってそんな「殺人」は日々、あちこちで繰り広げられてる。本当に人というものに心底、うんざりしたくなるくらい。いっそ、最低さは増してるんじゃないの、と思う。
でも、同時に思う。
たぶん、スタッフも、そして菅田さんを始めとするキャストも、分かってる。届かない、世界は変わらない。
実際、3年A組を観てると知り合いと話したときにあれ、サイコパスな感じの序盤は良かったのにと言われ、なんだか悲しくなったりもした。
ほら、届かないじゃん柊先生、と呟きたくもなった。


でも、多分、柊先生はそんなこと、分かってたんだよな。


浮いてるんじゃないのと思うくらいに大味の設定だって、なんか、そのバランスを勝手に感じていた。
なんとなく。
飲み込みやすいように整えられた形の中で、子どものように無邪気に信じてるというよりも、そうしていく中、一筋でも、と諦めすら滲む真剣さで、物語は進んだ。
なんかそれは、うまく言えないけど、すごくよかった。
バズって、届く範囲が広がれば、その先、どこか誰かひとり、手を繋げるんじゃないか。止められるんじゃないか。
大きく届けようとするよりも、全部に伝わると信じるよりも、そんな無謀な賭けにでも出ようとする彼らが、なんか無性に格好良かった。
そうか、柊先生はそうしたかったのか、となんだか斜め上の感想を抱きながら見終えた。少なくとも、ここには届いたと思い続けられたら良いな。