えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

プロジェクター購入のススメ

あ、やばいと思った。
やばいな、これはやばい。やばいぞと仕事からの帰り道、思う。ほんの少し足早に歩く。ついでに厳しいなって思ったので、普段我慢している菓子パンを買った。買って、家に帰ってお湯を沸かして、セッティングをしていく。棚を出し、距離を確認する。そうこうしているとお湯が沸くからスティックのカフェオレを作る。
ジジッと音がして起動すると、眩い光が壁に投影された。
 
 
 
プロジェクターはいると思った。
他の何を削ってもいる。そうその当時一緒に住んでいた姉に宣言していると、誕生日祝いと餞別と言ってプロジェクターを贈られた。
去年、世の中がざわざわと「これは只事ではないぞ」と不安に覆われ出した頃、久しぶりの一人暮らしを始めた。仕事の都合での転勤で、元々住んでた地を遠く離れた場所へと旅立った。
必要なものをリストアップしていく中で、上位にあったのが、プロジェクターだ。
 
 
ブルーレイデッキや、携帯、パソコンをミラーリングできるそのプロジェクターは壁に投影できるタイプである。
小さなワンルーム。その新居の家具配置は、プロジェクターの映像を投影する壁ありきで決めた。
「なんでプロジェクターが欲しいの?」と姉は、いつか私に聞いた。私は、好きな作品を壁にぼんやり流しながら寝たいから、と答えたと思う。
 
 
 
そしていざ手に入れた2020年、想像以上にプロジェクターが大活躍した。
生のエンターティメントが……いや、正確にはおおよそほぼ全てのエンタメが……一度、ほぼ止まった。止まって、新たに「オンライン」という形になって届き出した。
その時、私は物凄く姉に感謝した。
プロジェクターがあると、小さな私の部屋はライブ会場になるのだ。
部屋を暗くして、携帯を操作し、壁に投影する。その大きな画面に映った"推し"の姿に、最初、本当に心臓が震えた。その日、私が「プロジェクターが必要だ」と思ったその伏線を、思わぬ形で回収したのだ。
 
 
 
ところで、実際テレビのモニターに映すのとプロジェクターに映すのを「画質」という側面だけで比べるとプロジェクターを推すのは少し難しい。機種や壁の状態などによっても、画質というのはたぶん、異なってくる。あと、案外距離を取るのが難しくて部屋の状態によっては家具が映り込むことも正直あるのだ。
そう思うと、大きなテレビのモニターの方が綺麗に観ることができるんじゃないか、と思う。
だけど、私は様々な配信ライブ、配信公演をプロジェクターで観た。
その理由の一つは、プロジェクターという機械が部屋の中に非日常を招き入れてくれるからだと思う。
 
プロジェクターを使うためにはどうしても部屋を暗くする必要がある。普段はなにもない壁に向かって光を当て、距離を調整する。これも、ある意味で「非日常」へと進む段取りの一つだ。
そして何よりも、そうして"壁いっぱいに映し出される好きなもの"は夢のように素敵なのだ。
 
どんな物語よりも残酷でくだらなくてどうしようもない、だけどどこか非現実的な未知のウイルスに埋め尽くされた時間の中で、現実空間を夢でいっぱいにすることは大きな意味があった。
 
 
そして話は、冒頭に戻る。
その日、私は色々嫌で、疲れて、そんな自分をどこか俯瞰で見ながらやばいな、と思っていた。
特別何かあったわけじゃなく、いやむしろ何もないからこそイライラもやもやと虚しかった。
ちょっと悪いことしてやろうと心の奥底で底意地悪くつぶやいた。それでも、誰かへの嫌がらせではなくズボラで丁寧な生活の真逆をすることを選ぶのは、単に、これ以上がっかりしないためである。
 
 
その時ふと思い出した。ちょうど、星野源さんのYELLOW PASS限定配信「宴会」のアーカイブ期間ではないか。
更に言えば、私には、プロジェクターがあるじゃないか。
 
 
 
ここでまず、星野源さんの「宴会」という配信について話したい。
宴会、とはその名前のとおり宴会というコンセプトで行われた配信である。ライブパートと、宴会パートがある。配信ならではの曲・人員の構成と演出、そしてライブ後のメンバーでの"宴会"をそのまま見せてくれるというイベントだった。
私がこの宴会が好きなところはたくさんあるんだけど、この「配信だからこそできること」がダントツで好きな理由なのだ。
 
 
ライブパートも、ライブ、ではあるんだけどまるで一緒に遊んでるような距離感、表情で進んでいく。
冒頭で視線を合わせて始まる。楽しい音が一音、弾ける。
 
 
そうだ、宴会があるじゃんか!
 
 
そう思い出した私は、慌てて帰ってプロジェクターを設置し、アーカイブページにログインした。
手には好きな菓子パン、カフェオレ。真っ暗にした部屋に入場曲としてファンからリクエストされた星野源さんの曲たちが流れる。
画面に、源さんの笑顔が映った。
 
 
真っ暗な部屋にひとり。ただ、そこには柔らかな光がぼんやりとあった。
部屋は、好きなものしか存在しない小さな宇宙になる。
私はそれを見届けるために、あえて床に座り込む。ついでにブランケットを被った。
曲が進むごとに、楽しそうに笑う彼らを観てる間に、ぼんやりあった「あ、やばい」は溶けていく。後に残るのは、楽しいと好きだけだ。
 
 
 
 
新生活は、言葉にできないもやもやがすぐ近くにやってくることが多い。だからこそ、好きなものにすぐ手を伸ばせる環境が大切だ。
そしてプロジェクターはボタンひとつで、部屋を好きなもので埋め尽くせるそんな魔法のような機械なのだ。
だからこそ、プロジェクターの購入を、ぜひ私はお勧めしたい。