えす、えぬ、てぃ

お芝居の感想など

プラージュ 〜訳ありばかりのシェアハウス

許せないことってあるだろうか。
私は考えてみたんだけど、許せない、以上に「あーきっと、許してもらえてないな」の方が多い。もしくは許されないだろうな、だ。
いずれにせよ、許す・許さないを考えると思い切り呻きそうになるな。



プラージュはサブタイトルに「訳ありばかりのシェアハウス」とついているように、『プラージュ』というシェアハウスに住む「犯罪者」たちの物語だ。
主人公、貴生が思わぬことから覚醒剤に手を染めてしまい犯罪者に
更に追い討ちをかけるように住んでいたアパートが火事になり、
プラージュに住むことになることから物語は始まる。


貴生くんもそうなんだけど、みんな住人の誰もが好き好んで罪を犯したわけではない。
どうしようもなく、あるいは咄嗟にとった行動一つで「犯罪者」になってしまっただけだ。
それでも、彼ら彼女らが犯罪者であるという事実は、大きくそれぞれの人生をねじ曲げ、影を落とす。


でも確かにそれってきっと、多くの「犯罪者」がそうじゃないのか。ふと、そんなことを思ってしまう。
そうしたくてそうしたんではなく、
「そうしないといけなかった」「そうなってしまった」から、そうした。
だとして、罪を許されることにはならないんだけど。


プラージュに住む人たちはそこそこ癖は強い。でも、まあ普通の人たちだ。どこにでもいる。
更にその中でも主人公の貴生はめちゃくちゃ普通の人だ。なんなら、「犯罪」や「覚醒剤」というところから縁遠そうないい意味での「しょうもなさ」がある(ギリギリ褒めてる)
物凄く良いやつではないし、かと言って極悪人でもない。そこそこに小心者で、ちょっとダメなところもある、だけど優しい「普通の青年」なのだ。


WOWOWドラマらしく結構容赦ない暴力シーンもあったりするんですが、
でも、一気見してしまったのはそれ以上に描かれる日常や人々が丁寧に優しく描かれてたからだ。
プラージュはカフェ兼定食屋さんのようなこともしているので、朝と夜にご飯が出る(羨ましい、めちゃくちゃ住みたい)
そこで住人たちは喋ったりご飯を食べたりする(楽しそうだし羨ましい、やっぱりすげえ住みたい)



その様子は本当に、どこまでも穏やかで「普通」で楽しそうなのだ。
だからこそ、その合間に落ちてくる「前科者」の影が息苦しくなる。
普通に生きていく。
"ご飯を食べて笑って"生きていく。


ただ、彼らが罪を犯したことは変わらない。
そしてその「罪」には被害者がいる。
失ってしまった人が、傷付けられた人がいる。
事情を知ると「それは殺されても仕方なくない?」と思ってしまう。プラージュの住人たちを知ってるから尚更。
だけど、同時に「殺されても仕方ない」人間なんていないはずなのだ。
作中出てきた「誰も、遺族の気持ちなんてなれるわけないんですよ」という台詞が耳に残ってる。
本当に、喪ってみないとわからない。想像しようが寄り添おうが、それは「こうなんだろうと思った」でしかなくて、「遺族の気持ち」ではないのだ。
そしてそれは、何も遺族に限った話じゃない。
誰に対してもそうで、本当の意味で「誰かの気持ち」を知ることはない。そりゃそうか、自分の気持ちだって分からなくなるんだから。



だけどそんな「気持ち」を考えてるとますます、じゃあ、人はいつ許されるんだろう、と思う。


許されていいのか、とも。だけど許されて欲しいし、許されたい。自分が許せるかは分からないくせに。それでも。



どうしても題材的にアンナチュラルやMIU404を思い出してしまうんだけど、
「どこなら間に合えたか」を考えれば考えるほど、どこなら、が分からなくなる。
だって時々、「生まれた瞬間」から所謂詰み、に入ってしまうことだってある。

それだって紐解いていけば「この時こうしていれば」が見つかるかもしれないんだけど、でも同時に「こうしていれば」っていくら考えても、「こうする」ことはもうできない。過去は変えられないんだから。
そんな無力感というか、虚無感に襲われてしまうことがある。


潤子さんの台詞を考える。私は人を信じることができるだろうか。ご飯を食べて、笑って生きていけるか。生きていってほしいと思えるか。



プラージュの人たちを好きになったのは、
きっと貴生が「コミュニケーション」を取ったからで
私はきっと貴生の目を通して彼らのことが好きになったのだ。
だとしたら、コミュニケーションをとれば、とも思うけどそれだって毎回必ず、うまくいくわけじゃない。いくら心を砕いてもコミュニケーションが取れない人間はいるし、
ついでに言えば「いつだって誰にだって」心を砕いてコミュニケーションを取ることができる人間だ、とも自分に対して思えない。
そうありたい、とは思うけど、そうあれないから、変な話「そうありたい」のだ。


最後、どんどん物語が進んでいくにつれ
その苦しさは大きくなって目の前が暗くなるような気持ちになっていく。


観ながら、どうしようもなく苦しくなって書き殴ってた感想に
「もうさ、許せる人同士でやっていきませんか。
ダメか ダメなのか。
全部は無理でもダメか」
ってのがあって
なんか、もう、わかんないなー!!!!
そう放り出したくなったんだけど。
貴生が選んだ言葉や行動、表情を見ながら
それでも、正しくあろうとすることをやめるわけにはいかないか、と思った。


答えは見つからない。
許せるか、許されるか、わからない。
きっと答えなんて、ない。万能で全てにぴったり当てはまる定規なんてこの世のどこにもない。
それでも、なんか食べて笑って綺麗なものを見て、生きていくしかない。


プラージュ、好きなドラマだったな。
とりあえずあれだ、今日も、美味しいご飯を食べて誰かの優しいに気付けたらいいな。