えす、えぬ、てぃ

好きなものの話をしよう

アイネクライネナハトムジークと、日常を特別に変える方法


日常を愛せる瞬間がどれだけあるか?そんなことを伊坂さんの本を読むたびに思う。そして、映画「アイネクライネナハトムジーク」を見ながら、ずっと考えていた。
日常、愛しかないじゃん。


あらすじ(公式サイトより)

あの時、あの場所で出会ったのが
君で本当に良かった。


時を越えて気づく、
〈出会い〉よりも大切なことー。
思いがけない絆が巡りめぐって、
奇跡のような瞬間を呼び起こす、
10年越しの恋の物語。

 

アイネクライネナハトムジーク、とはモーツァルトによって作曲された曲らしい。小さな夜の曲、という意味なんだそうだ。
小さな夜。
特別でもなんでもない夜。それを特別と呼ぶのはその人次第だ。

伊坂さんの作品は、最早私がいうまでもないことだけど、思いがけない点と点がつながっていく心地よさが魅力の一つだ。
そういう意味で、アイネクライネナハトムジーク、はその魅力が詰まった作品である。お話の内容だけではない、「伊坂幸太郎×斉藤和義×今泉力哉」という組み合わせが成立したのも、このお話が生まれたのも、そんな点と点の繋がった結果だというから堪らない。

斉藤和義さんの音楽は、意識せずとも聞いたことがある人が多いと思う。し、私もその程度の認識だった。ただ、先日行ったフラワーカンパニーズのライブを一緒にやっていたのが斉藤和義さんで、おかげで、初めて生で斉藤和義さんの音楽を聴いた。

その日、私はほどほどに疲れていて、仕事で嫌なこともあってぐったりしていた。その上、ライブに間に合うかギリギリな中、走ったのもあってライブが始まる前からそこそこ疲れ切っていた。少し、ライブを楽しめるか不安ですらあった。
無理矢理着替えた喧しい柄のシャツでなんとかイカしてるぞ、と自分を奮い立たせて立っていた私の耳に、初っ端、アレという曲が流れた。

「引っ掻き傷は残せたかい 自分だけが知ってるアレだよ」
「皆さん今日もおつかれさん 大変だったような
そうでもないような」

なんか、それを聴きながら気が付けばへら、と笑っていた。今回の映画の主題歌である「小さな夜」もその日のセトリに入っていた。
聴いてすぐさま、アイネクライネの曲だ!と悟った。歌詞のあたたかさや何気なさ、何気ないのに愛おしくてたまらない感じは、たしかに伊坂幸太郎ワールドでたくさん味わってきたそれである。

私が伊坂さんの本を読むタイミングは決まっていて、気持ちのチューニングがうまくいかなくなった時だ。
もちろん、普通に読みたければ読むけど、チューニングがうまくいってないな、と気づいたら絶対に読む。読んで、ぼんやり考え事をするとあんだけズレてた感じがしたのが、しっくりくる場所に落ち着いているのだ。

そして、今泉監督は私の好きな映画監督で、
インタビューを読めば読むほど、こんな奇跡ってあるか?!と大興奮していたのだ。

一真に伊坂作品の醍醐味であるあの独特の台詞を集約した、というインタビューを事前に読んでいて、なるほど!と膝を打ったんですが
にしたって、一真、愛おしくないですか。
伊坂さんの台詞って生身の人間の音にしてしまうとわけわかんねえ!なこともあるんだ、と思うんだけど(文字で読むとほとんどないのに)(不思議だ)一真の台詞は何言ってるか分からないけど、何が言いたいかは分かる、というとても愛おしい感じだった。
惚気かよ、って佐藤が笑うシーンがすげーーーー好きだったんですよ。というか、あの3人の空間が大好きだったんです。
今泉監督の食卓は、だいたい美味しそう(愛がなんだの味噌煮込みうどんは美味しくなさそう…ってなったけどあれはそういうシーンなので……)で大好きなんだけど、それって、食べてる人たちの表情が魅力的に光るからだなあとある意味で当たり前のことを思ってしまう。
あそこの、ふたりの空気感と、佐藤の空気感が大好きで、それが惚気!って感じで、すごくすごく良かった。
そして、大学やめる、と話す過去の回想シーン。
「ベリーベリーストロング」
見終わって、何度も心の中で繰り返してる。ベリーベリーストロング。
あんななんでもない人が格好いいと思う、愛おしいと思う瞬間があるだろうか。
同時に思う。
ラッキーだと、話す彼の言うことは奇跡でもなんでもない。連続性のある惚気話である。だけど、佐藤も私たちも知ってる。それが、どれだけ、貴重でステキなことか。

情けないことが、こんなに格好良いと思っていた。
一真もだけど、佐藤も。
例えば、バスのシーン。何一つ格好良くない。レイトショーの映画館、私が見ていた映画館では、笑いすら、起きていた。おいうそだろ。それが、映画館に満ちていた空気だった。
ビシ、と決まらず、ズレていて、分かってなくて、なのに、私は何故か泣いていた。
嬉しかった。
子どもができて、大学を辞める一真が一緒にいれるんだ、一緒にいる理由が強固になったのだ、ということに
追いかける佐藤が子どものためにUターンして、それから、ちゃんと、帰れるように送ることに
なんか、そういうの全部が嬉しかったのだ。

誰かに託すことの話をしたいのですが、
貫地谷しほりさん……そう、めちゃくちゃ可愛かった……の、告白する時に誰かに託すのずるくないですか?!から、繋がる、物語を思っていて
確かに、例えば自分の努力の関係ないところで決まる結果に自分の思いを託す、ズルさは理解しつつも愛おしい、と思った。
逆に言えば、託された小野さんのジムのワンシーンが愛おしくて
今泉監督の、静止画が好きです。コインランドリーや、そういう、ある、網膜に焼き付くような意味があるんじゃないかと考えさせてくれない静止画が、ジムで映って
もちろん、たしかに、自分はなんの努力もしないのだけど、
小野さんがあの試合の時、彼を見つけて動く目が、すごく、すごくしあわせで。
あれ、めちゃくちゃ、伊坂さんだったと思うんですけど、どうですか。
愛おしさというか、どんどん、否が応でも沸き立つ血というか。
そういう、なんだろう、生きてるから起こりうる感情の……ある作品のバイク音に似た興奮をめちゃくちゃ覚えてですね。
そして、最近「誰かを好きでいること」について思いを馳せがちな私には、あの描写は尚更にたまらなかったのです。
決定的な何かにはなれなくても、
というか、この映画ほとんど決定的、も、大きな盛り上がりもないんですよ。
それが、あまりに心地よかったです。それでも、あの綺麗なライトが嬉しくて愛おしくて、それは、結果がどうあっても良いなんて残酷な話ではなくて、でも、決定的に、変わったと思う。
例えば、小野さんへ送られる歓声が演出として走り出す佐藤に贈られたみたいに、そういう奇跡的な、そのくせ、何気ない瞬間で私たちの日常はできてるんじゃないか、そんなことを思う。

 

振り返って、ツイてたとおもうこと、
そして実はわざとだったこと
それが作中、描かれたわけですが、
例えばそれが日常を愛する方法なのでは、と思う。逆説的な話ではあるけど。
ツイてた、と思うのは、少なくとも結果を愛おしく思うからなので。
そう思うと、たいぞうさんのいう、ラストわざとだった、という「今わかる真実」のすごさが際立ってくる。
だって、出て行ってしまった奥さんは、それでも当時、奇跡を自分から起こそうとして選んで、行動したんだ。それって、すごくないですか。
なんか、そんな簡単に奇跡って起こるのか、とへんな意味ではなく、思った。何気ない奇跡の連続に見逃してしまいそうですらあった。それくらい何気なく、描かれていた。

ところで、ずいぶんと支離滅裂な感想になっている自覚はあるんだけど、一番奇跡的で愛おしかったシーンの話をしたい。
プロポーズが幸せで泣いた話だ。
今年は、応援している役者さんは結婚し、応援してるパフォーマーの熱愛報道がありの一年で、それぞれにいろんなリアクションをしつつ、結婚などに思いをはせることも、多かったんだけど、
佐藤さんたちが、いいよ、と言った後に、あまりに幸せそうで私は目を丸くした。
あの空気はなんて言ったらいいんだろう。あの撮影の時、どんな顔をスタッフさんたちはしていたんだろう。
優しくて柔らかくて甘くてあったかくて、そのくせ、弾力のあるものを思い切り抱き締めたような気がした。
大切な人に、思いを告げること、ずっと一緒にいたいということ、そしてそれが(一旦は少なくとも)叶うということ
それに、人があんなに嬉しそうに笑うのだと私は今更ながらに知ったのだ。

 


大きな盛り上がりがどうこうとか、映画の文脈だとか、そういうもので私は語る術をもたない。
ただ、揺蕩うみたいな幸せの中にいたと、思い出す度に思う。だから、私はアイネクライネナハトムジークが好きだ、という話がしたい。


そうして、私の大切な誰かにこの映画が届けばいいと思う。

振り返って、きっとあの映画をあのタイミングで観たなんてツイてるな、そうにやり、としてもらえると思うのだ。だから、こうしてブログを書いた。
そして、身近な人に「この間、映画観てさ」と話そうと思う。今泉監督がいつかツイートした通り、ツイートやブログ以上に顔が見える誰かの言葉はもっと、映画館に誰かを誘ってくれると思うので。


私が好きな伊坂さんの作品で好きな台詞、言葉はたくさんある。
その一つがある作品で出てくる「あなたには特別な力があるのよ、例えば、奥さんを幸せにするとか」という台詞だ。(本を見ずに打っているのでニュアンスしか合ってないだろうことを許していただきたい)
それに倣って言えば、私は日常を特別にするとっておきの方法を知っている。

目の前の日常を思い切り愛することだ。愛してるものを抱き締めることだ。
そんなことを、私はこの映画を観ながら考えていたような気がするのだ。