えす、えぬ、てぃ

お芝居の感想など

四天王 エレメンタルフィクサー

こんな展開を待っていた、というトクさんの台詞に大きく頷いた。そうだ、クエストさんはいつも、大好きで切望してる物語を、予想を遥かに超えるエネルギーで届けてくれるのだ。


(あらすじ:公式メルマガより)
孫悟空、桃太郎、アラジン、ピーターパン──異なる絵本の主役たちが力を合わせて戦う物語。

電子書籍の氾濫により紙の本は滅亡の危機に瀕していた。
ある時、世界中で広く親しまれていた童話のデータが書換えられていた。
物語を侵蝕する“悪意”を駆逐すべく結成された絵本アベンジャーズ“四天王”──果たして【カミのセカイ】を取り戻すことができるのか?
物語の境界線を破壊するフルアクション琴線エンターテイメント!


フライヤーでも印象的だったスーツ姿の「四天王」のそれぞれの物語を話すシーンから始まる。まずね、ここのね、スタートの照明がね、最高なんですよ。客席の照明の落ち方含めて心臓が震える。物語が、お芝居が始まる。もう、そっからは彼らの独壇場な訳ですよ。カラフルな衣装もオープニングからぶっ放していくキレのあるダンスも、どんな人かは分からなくても既に目を奪ってくるキャラクターも。

やーーーーもう、こっから、ひたすらに、ああああ好きだ、って思いながら見ていた。否が応でも、物語に引き込むあの力に何度、って感じ。本当に。

夢を壊すようなその後を歩むピーターパンや、なんとなく矛盾した生活を送る桃太郎や、大事なものを全部は持っていられないアラジンや、そして、旅を終わらせ決別を選ぶ孫悟空や。
矛盾した生活を送る、って書いたけど、あれか、あの、夢というか書き換えられた物語を思うと、そもそもあったものなのか。どうなんだろう。それとも、桃太郎が冒頭口にした通り、物語は幾つも分かれて形を変えてその人の物語に変わっていくから、というだけの話なのか。

 

ブラック西遊記が大好きだ。祈りの歌を何回再生したかわからないし、どうしようもないとき、何度口ずさんだか分からない。
だから、今回の悟空の姿が。
あのトクさん、本当に、ベニクラゲマン→ミラピの時のピノキオの時もそうなんだけど、そういう意味ではまさしくアベンジャーズ、なんだけど、
こうだったかもしれない世界線の話は本当に。
ブラック西遊記がお別れしたくなかった三蔵法師の話だとしたら、四天王はその逆なのかもしれない。
沙悟浄が一緒にいてくれて良かった。沙悟浄がどうしてそうしたか、とかそんなに描かれていないけど、描かれていなくても、沙悟浄猪八戒もどんな気持ちだったのか(猪八戒の、こうなることは、のところ本当にやばかった。それぞれが、こうなるかもしれないと思いながら必死に留めようとしてたんだなあ、そうなるだろうことを知ってたから尚更。

なんか、あまりにそれぞれが全部出すみたいに台詞を言うもんだから、その瞬間みたいな台詞ばっかりだから。現実もお芝居も全部引っ括めて、ぶん殴られるみたいな気持ちだったよずっと。
トクさんの台詞が好きだ。トクさんの描く心にぴったりくっつくみたいな台詞が好きだ。
命賭けて舞台で飛んで叫んで笑ってる人たちに出逢えるX-.QUESTさんが好きだ。命懸けで、舞台に立ってる姿があまりに格好良すぎて大好きで、気が付けば、引っ張り上げられちゃう、そんな舞台が大好きだ。


リミッター、解除!
あの叫びを聞いた時の気持ちを、うまく言葉にできない。叫び出しそうな、泣き出しそうな。
そこからのあの、今までの彼らの作品の音楽と、そして作品の中に登場する殺陣の手と。

便利棒での牽制や、あの段々と決まっていく殺陣はブラック西遊記
走り入って、空気をガラリと変えるのはベニクラゲマンの
軽快なリズムで舞う剣の舞は金と銀の鬼の
弓や八双飛び、そして四方から刺すのは義経ギャラクシーの
キャラクターが次々と殺陣を繰り出すのはミラピの

いや、あれは、本当に。
覚えてる、と思った。彼らが演じてきたいくつもの物語を覚えてる。何度も手を伸ばしてもらって、笑わせて泣かせてくれた物語たち。
ちょうどこの前書いたブログでお腹割いて今まで受け取った好きが出てきたらいいなあ、なんて話をしたんだけど、
言うまでもなくだった。詰まりまくってた。
覚えてる。飛ぶ方法が、楽しいことを考えることだと言うなら私は何回も、飛んでいたし飛び方はちゃんと、覚えてる。

ブラック西遊記を、初めてDVDで観た頃。
社会に出たばかりで力の抜き方も入れ方も分からずに、全然ダメダメでそんな中、リミッター解除!って叫んで、とんでもなく格好良い殺陣を観て、もっと頼れよ深いところで!と叫ぶ悟空の姿を何回も見た。観て、観続けて、気が付けば色んなことが楽しくなっていた。
体調を崩した頃、何をしていいか分からないって思ってた間、ずっとブルーアップルを観てた。真剣にベニクラゲを飼おうかと考えたこともある。
生で初めてクエストさんに触れた金と銀の鬼は、ここに来れば、どこまでも走れるパワーがもらえることを知った。明日からも、って思う背中のひと押しをくれた。だから、私はあれから、落ち込んだ友人に会うと、クエストさんを見せるようになった。
義経ギャラクシーで、人間が好きだ、と思った。どうしようもなくても、抱き締められる人間が好きだった。初演も再演も、それぞれ大好きな友人と観た全部引っ括めて幸せだった。


私はいつも、勝手に受け取って、勝手にクエストさんのお芝居に何度だって人生を救われてきた。
つーか、そんな、大袈裟な話じゃなくて、ずっと、旅をさせてもらってたんだなあ、と思ったんだって話なんだよ。
だからあの、栞の台詞は苦しかった。三蔵法師の諭すような台詞が苦しかった。だけど、いつか、例えばあそこのシーンからあと少しでお芝居自体は終わるけど、それはずっと寄り添っててくれてるって、思った。思ってもいいでしょう…?
いやだって!ほんと!こんなに沁み込んでるよー!!!!ってのを!実感しちゃう芝居だったんだよ。ずるいよ、くっそ大好きだよ。
だって、私たちは、物語を心に抱えて成長するんだよ。

 


出逢えてよかった。クエストさんを観に行ける時代に、その年齢で、出逢えて本当に良かった。そして、塩崎さんも、そして胸元さんの台詞でも続ける、ということに想いを馳せた。続けてくれたから、くれるから、出逢えた。
その旅路がしんどいものだったとしても、続けてくれてたから。
感謝しかない。そうして、私もここまで来れた。
だから、これからの旅路が少しでも幸せがたくさんあるものだといいと心の底から願ってる。まずは、明日の舞台が、全ての人にとって、幸せなものでありますように。