えす、えぬ、てぃ

お芝居の感想など

お守りにしてきたチケットのことを思いながら、頭に浮かんだことなどを書いた


公演中止という単語に、なんだか妙に縁がある。いらんわそんなもんって感じだけど。
度々、観に行くものや知り合いの芝居が中止になったり、そういうことがあって去年急遽身内の不幸で舞台が観に行けなくなった時はもしかして私はどこかでお芝居の神様を怒らせていて呪われてるんじゃないかと不安になったりした。お祓いにいくの、本気で考えたもんな。


そんな私は、昨日の夜TLに流れてきた公演中止を知らせるツイートを見て、固まった。
脚本が書き上がらなかったため、中止。
(上演延期、上演時期未定)


まじかーと思って、まじかーと思ったまま、1日が過ぎちゃったので、文を書く。

 


本当に申し訳ない、該当の劇団さんのファンなわけでも、更には観に行く予定でもなかった人間が勝手に言葉を使うことへの無遠慮さというか、
お前無関係だろってツッコミは私も100回くらい自分にした。したのに書いてる。
ご容赦いただきたい。

 


まず、感情的に言うと、それを楽しみにしてた時間は絶対存在して
それが急になくなるあのぽっかりとした感情はなったことがある人間にしか分からないと思うのだ。
ずっと、支えに思ってた明日が、急になくなるんだ。あのどこにも思いのやり場がない感覚は今でも時々思い出す。
もちろん、作ってきた人の「納得がいかないまま世に出す苦しみ」を私は知らない。
だから、そうしたことで救われた気持ちについては想像でしか知れない。
し、時々ある「あーこの人このお芝居に納得出来てないのかなあ」って感じるあの瞬間の居心地の悪さや、やりきれない表情をしてる役者しん、あるいはスタッフさんは、覚えがあるようにも思う。
だから、ここは、たぶん、互いに想像するしかできない。

 


あの、どうにも、伝えきる方法が浮かばないんだけど。
あなたの、お芝居でなんとか朝を迎えることがあるんです。夜、どうしようもない気持ちを乗り切る時思い出すチケットがあるんです。
観に行くまで財布を開くたびに見れたら毎日がちょっと好きになれるんじゃないかって思って、財布にお守りみたいに祈りながらチケットいれることがあるんだよ。
そしてこれは、私の感傷的性格のせいとかだけじゃないと思うんだ。
だって、私は、同じように公演までの日を過ごす人たちを知ってる。
想像もつかないかもしれない。
伝えても、オーバーだなあって笑われるかもしれない。
だけど、どうか、信じてほしいんだけど、それを希望にしている人がいるんですよ。
たぶん、産み出されるものは全部そうなんじゃないか。これは願望だけど。
だから、私は全ての舞台の誕生が幸せなものであれって願ってる。

 


・・・うーん、そう考えると、納得のいかないまま愛せないかもしれないという形で生み出さないということも、ある意味では愛なのか、
愛なのかもしれない。
だけど、そうやって思ってた人がいる事実を、頼むから想像してくれ、と思う。
想像したんだろうけど。きっと。公演中止のリスクを軽く決めるはずがないんだろうけど。


いやでも、どうしても。
分かんなかった。分かんなかったから、文にして整理しようとした。
でも、分かんないや。
無関係なのにめっちゃ凹んでしまって申し訳ない。
だけど、私は、どうか、安全上の問題とかそういうどうしようもない理由以外で、どうしようもないって言葉は不適切だな、きっと、今回のことだってどうしようもない、だったんだろうし、命が関わる理由以外で急に生まれなくなるお芝居を見なくて済めばいいなあと思う。
いやでも、私はもう少しその辺への耐性をつけるべきではありますね。反省。