えす、えぬ、てぃ

お芝居の感想など

義経ギャラクシー

人って生きてるんだ、という物凄くシンプルなことを時々忘れることがある。
ので、クエストさんを観ると私はいつも、あ、人って生きてた!かっけーんだった!とビックリする。人ってどうしようもないとこもあるけど、すっげー格好良くてきらきらしてて優しいんだ!と堪らない気持ちになる。

これは、だいたい義経ギャラクシーへのラブレターです。
ネタバレもあるかもしれません。でも、どうか、もし気になったら明日王子にある北とぴあを訪ねてください。
ネタバレ読んだのにか!って言われそうですけど、たぶん、ネタバレにならないです。
だって、生きてるその人が口にするその台詞はその時にあなたが聞いた唯一の台詞だからです。


物語は、義経と弁慶の、そして何より義経と頼朝のお話だ。
義経って結局どんな人だったの、ということを軸に彼自身が或いは彼を演じるある女優が、物語を紡ぐ男が、辿る。


エストさんが、すっげー好き、と思うのは
どんな物語も真っ直ぐでシンプルで、例え時事ネタを放り込もうが何しようがただ、そこにはシンプルな、事実とその役のその瞬間しか存在しないことだ。
ありきたりな言い方をするなら、説教くさくない。だから、素直にぽんと受けとれて、うん、そうなんだよって呟いちゃう。
で、なんでそう思うのかなってのを考えたんだけど。
単純に、いやこの人たちもう限界のリミットギリギリのとこでやってんじゃん、と思うからなのです。ギリギリってのはギリギリ越えてんじゃん!のほう。
そんか極限状況の、ブラック西遊記風に言うなら「リミッター解除ォッ!!!!!!!!」の彼らが口にする言葉に変な建前とか格好つけとかあるわけなくて、あるわけないのに、ないから、あんなに格好いいんですよ。

あれって、生きてる人間だから、出せるものだと思う。出せるものであってほしいし、出せる、ということが私は嬉しくて仕方ない。
で、その、出逢ったのは私も映像なのでアレなんですけど、映像でも伝わるものはあると思うんですけど、生で観れるってのはまた、意味がプラスαされるんですよ・・・。
いや映像で観るのも格別なんだ。体調悪すぎた時にひたすらベニクラゲマン観てたら治った私が言うんだからそれはもう、間違いないんだけど。


だって、サンタさんに生で会えたら嬉しいじゃないですか。河童と本当に相撲とれたら楽しいと思うし、もう目の前で人が人の力だけで空飛んだり指パッチンして花を咲かせたら、それだけで人生って最高って思うでしょ。

 

そういうことなんですよ。
奇跡って、あ、ちゃんと起こるんだ、そっか。みたいな。やべーな、まじか、みたいなそんな気持ちになると思うんだ。私はなるんだ。

そして、今回の義経ギャラクシーはあなたはどうありたいの?って話な気がするんだ。
気がするかーい!ってかんじですね。でも、感じたものを今むりくり言語化してるので。。寝かしたらまた変わるかもしれないし。
でも、とりあえず今はそう思う。
どうありたいの、何がしたかったの。
それぞれが見つけるものは、色々で、そのどれもが正解だ。

たぶん、観た人たちもそれぞれ見つけてるんだと思う。私はそれが聞いてみたい。だから、尚のこと、こんなブログを書いてる。

結局ストーリーには触れられそうにもない。なんか、書いてて気付いたけど、まだ消化できてない。というか、消化したくないんだと思う。美味しいものずっともぐもぐしてたいってのに近い。
ただ、観終わって客席が明るくなっても私はひたすら泣いてたかったし、嬉しいなーと思っていた。すげー人が生きてるし、私も生きてる、すげえ色んな物語がたくさんあって、そこにも人がいて、すげえ、みたいな、なんか、そんなことがひたすら頭の中を駆け巡ってた。それが、すごく、幸せだった。

そんな舞台に、出逢えてよかった。どうか、明日も、たくさんの人があの舞台に出会えますように。
私も消化して、ストーリーについて書く!書きたいことは!たくさん!あるんだ!スケッチブックに殴り書きしてからにします!!!!