えす、えぬ、てぃ

お芝居の感想など

犬猿

私には姉と弟がいる。所謂、真ん中っ子だ。
だから私は妹で姉なわけで、そんな私は犬猿をひたすら呻きながら観ていた。途中、映画館を出たいとすら思った。


映画.comさんの解説から、あらすじ。

「ヒメアノ~ル」の吉田恵輔が4年ぶりにオリジナル脚本でメガホンをとり、見た目も性格も正反対な兄弟と姉妹を主人公に描いた人間ドラマ。印刷会社の営業マンとして働く真面目な青年・金山和成は、乱暴でトラブルばかり起こす兄・卓司の存在を恐れていた。そんな和成に思いを寄せる幾野由利亜は、容姿は悪いが仕事ができ、家業の印刷工場をテキパキと切り盛りしている。一方、由利亜の妹・真子は美人だけど要領が悪く、印刷工場を手伝いながら芸能活動に励んでいる。そんな相性の悪い2組の兄弟姉妹が、それまで互いに対して抱えてきた複雑な感情をついに爆発させ……。


人って、その人自身の人生しか生きられないんだ、という事実に愕然とした。
当たり前のことを言ってる。自覚はある。だけど、この映画を見た直後、そんなことを叩きつけられた気がした。

出てくる4人はそこそこに最低で、平凡で隣にいる誰かで、そして自分だった。
和成はまともに見えてそんなことなく、卓司はそのままどうしようもない。
由利亜は物分かり良く見えてめちゃくちゃイタイ、し、真子は可愛いけどどうしようもない馬鹿だった。

対称的な4人を描いた映画なのでところどころ、対称さを際立たせる演出がたくさんある。
シンプルで、その分悪意のある映画だと思う。

私が、この映画を観ようと思ったのはそれでも自分の兄姉を馬鹿にされて不快感を滲ませるシーンを予告で見て、ああとノックアウトされたからだ。
ちゃちな所有欲なのか、それとも下の子特有の兄姉への憧れか。たぶん、その両方なんじゃないか。

私は、姉と弟がとても好きだ。敵わないと思ってる。何でも器用にこなすし、人付き合いだってうまくてしっかりしてて。自分にないものばかり持ってるふたりを尊敬すると同時に、粗を探したくなることがある。


マウントの取り合い、とは最近よく聞くようになった言葉だけど、エゲツないそれは血縁関係ほど起こりやすいんじゃないか、と思う。

そのくせ、バカにされたくないのだ。
バカにされれば、お前に何が分かるんだよ、なんて分かりやすい敵意を相手に出しちゃう。

生々しいと思った。
人殺しみたいな目をして運転席に座った和成も、真子がデート場所にあえてあの遊園地を選ぶのも。

生々しさって時々、ゲージュツみたいなものに昇華されちゃってほらこんなに惨いでしょ、汚いでしょと見せられることがあってそういう時私はうげえって思ってしまう(ので、圧倒的にエンタメが好き)なんだけど、犬猿は昇華なんて一切してくれてなくて、ほい、みたいな手軽さで渡してくる。
ので、思わず受け取っちゃって、そんで呻くことになるのだ。

なんか、ダメだな。うまく文になりません。というか、感想を書こうとすればするほど、感覚の話になるし、自分の話になる。


どこにでもある、目の背けたくなるようなイタさとかズルさがそのままに横たわる映画だった。
親の介護とか、しみったれた空気感とか、ほんの少しの昇給を喜ぶしかないままならなさ、とかあいつの方が自分よりうむくいってるっていう妬みとか、醜さとか、なんか、そういう、どうしたって纏わりついてくるもの。
そういうのを、全部捨てたいって思ってるのに思えば思うほどにぴったりと寄り添ってくるような。それをただただ見続けてるみたいな。

由利亜の勘違いした恋愛行動がすごく辛かった。
一喜一憂して、勝手に深読みして好かれてるって妄想して。恋をすれば女の子は綺麗になるなんて戯言でしかない、みたいな。
でも彼女も決していい子ではないのでただただ悲しくなるというよりかは、なんだろう、あの不思議な感じ。

ひたすら、一言で纏めると「人は自分の人生を生きるしかないんだ」っていう、ただそれだけなんだけど。

和成は決していいやつじゃなくて、というよりむしろ、私の中で一番最低だなこいつ!と思ったのは和成だった。
直接的な残酷な行動をほとんどしないからこそ、酷い。
絶対由利亜の気持ちに気付いてて、気持ち悪いとだってきっと思ったことがあって、なのにふつうの顔をして、いい人だよとか宣うのだ。監督の一番嫌いな人間を描いたってインタビューに、思わずですよね、って呟いた。でもいるよね、こういう人、こういう自分。

いい人でいたくて、好かれる自分を妄想していたい。
好かれるってのは恋愛感情だけじゃなくてなんかもっと普遍的な日常的な感じ。
いい人って思われたい、褒められたい。承認欲求、なんていうとちょっとズレちゃう気がする。もっともっと、みっともない気持ちだ。


悪意とかイタさとか憎しみとか侘しさとか悲しさとかそういうの全部引っくるめたそんなアレコレが物凄いし、そのくせ、ああいう時そうだし、その時何を言うかもそうだし、笑っても許したわけじゃないし、許してなくても笑えないわけじゃないよな。


見捨てたいって思って、死んでしまいたいって死んでしまえって思って、そう行動する彼らがボロボロに泣くことも、
だって、私たち仲が良かったじゃんってお前、俺のこと大好きだったじゃんって言うあの数分間。
とんでもなく、幸せだと思った。
なんだって連続してて、だけど、きっと明日にはまたあの目で睨み合ったりするのだ。消えて無くなってくれって願ったりするのだ。

人はその人の人生しか生きられなくて、もしかしたら一生ダサくてみっともなくて勘違い甚だしくて迷惑なのかもしれないけど、
どこかの瞬間、大切だ、って思える日がくる。その日が例え過ぎて、また睨んでも、その睨む日だって、大切だって気付いたその日の続きだ。

 

なんかもう、諦めるしかないなーと私は笑ってしまいたいような泣き崩れたいような気持ちに、なったのです。